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35年間の誤解に基づく46歳の殺人犯

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月25日(火)17時01分19秒
  厚労省の元幹部夫妻と別の幹部の夫人計三人を殺害し、35年前に殺された自分のイヌの復讐をしたとうそぶいた46歳になる男が現れた。何をかいわんやだ。

しかも、実父の告白によれば、それは誤解に基づいた話で、余りに乱暴なイヌで手に負えないために、実父が保健所に頼んで処理した命だったという。実父の言い方によれば、息子は子供の頃、大変優しい子だった。イヌの世話もよくした。可愛がっていたイヌが死に、新しいイヌが乱暴で、やむを得ず、実父が保健所に頼んだ結果である。

ということは、この46歳の男は、35年間も、ウソに基づいたことで、世の中を憂い、逆恨みをしていたことになる。何故、実父は、保健所が勝手に連れて行ったのではなく、「お父さんが保健所に持って行ってもらった」と告白しなかったということにもなる。

まあ、執念深く、35年前の少年時代の恨みを持続していたものだ。このような幼児性を持つ人間が、歳だけ食って、乱暴極まりない男となり、世間を逆恨みしたような行動を取る背景に、私は、家庭教育の問題、そして人間が社会に出るための基本的な教育が、昨今の教育の中で、行われていないことに危機感を感じる。しかも、この46歳の男は、佐賀大学というれっきとした国立大に入学を果たしているのだ。実に妙な話ではないか。いったい日本の教育は、どうなってしまっているのだろう。
 

オバマ小論 3

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月21日(金)13時09分36秒
  オバマの政策の中で特に注目すべきは、存続の危機に瀕している米国自動車業界への配慮だ。

オバマは、明確に自動車業界に金融業界同様、資金を注入し、この業界を擁護すべきだとする。米国の自動車業界が、もし万が一倒れるようなことがあれば、300万とも500万とも言われる労働者が失業する可能性がある。しかしこのオバマの方針に対しポールソン財務長官が真っ向から異を唱えている。同氏は、米国金融業界の雄で悪名高き「ゴールドマンサックス」のトップだった経歴を持つ人物だ。金融に資金を注入することには賛成で、自動車業界には反対だ、というのは、少し首を傾げたくなる思考だ。これはアメリカの資本主義が、現在金融資本主義化しており、その実際のトッププレーヤーから、アンパイヤーに転身したポールソン氏そのものが、やはりブッシュ政権8年の小さな政府を体現した経済思想を持っているための偏向とみるべきだ。

現在、米国流の金融資本主義制度は、揺らいでおり、その結果、もしもこの米国流資本主義が、今後とも生き残り、世界経済のエンジン役を果たす意向ならば、方針を転換し、大きな政府に舵を切る以外に道はないように思われる。それは、大雑把に言えば、労働分配率を高めることだ。そして一部の金融業者が、レバレッジ(テコ)効果を利用して、米国のみならず、世界中の富を市場をカジノ化してボロ儲けをすることをストップする必要がある。

そのためには、まず米国経済に実体と活力を回復させなくてはならない。どんなにポールソンが、自由経済を力説し、利益を生み出せないものは、市場から退却させるという概念を述べても、数百万という失業者があふれる現在の米国の現状を放置するならば、間違いなく現在の金融危機は、恐慌というレベルにあっという間に移行してしまうだろう。その意味では、ブッシュ政権の経済政策を取るポールソン財務長官は、オバマ政権の経済政策をリードするには不適切と言わなければならない。

もちろん現在、自動車開発の流れは、環境、省エネ、小型化の傾向が年々強くなっている。その中で、米国のビッグスリー(GM・フォード・クライスラー)も、苦労をしているのだが、もっと大きな転換を求められる。日本メーカーも、この米国自動車業界の危機に対しては、資本、技術両面からの提携と支援を大胆に行う必要があるかもしれない。

現在日米経済は、株式市場の連動性に見られるように分かちがたく結び付いている。米国経済において、自動車産業が倒れた場合、大量の失業者をそのまま抱えられる産業は見あたらない。オバマの自動車業界に対する資本注入の経済政策は、現在の金融危機を恐慌に移行させないための、最後の砦とも言うべき大きな政府への政策転換なのである。
 

「明日の神話」随想 1

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月19日(水)16時58分20秒
  岡本太郎の「明日の神話」という横30m、縦5.5mの巨大壁画が、08年11月17日より、渋谷駅に常設展示されることになったので、矢も立てもたまらず、現場に出かけた。

その前に、立って思わず息を呑んだ。圧倒されるとは、このことだ。この作品は、水爆実験により、日本の第五福竜丸が、被害を受けたことに、強い憤りを感じた岡本太郎が、1968年に一年の歳月をかけて制作した作品だ。

ところが、メキシコのホテルのロビーを飾ることになっていたこの作品だが、依頼主の資金繰りが悪化し、ホテル計画は頓挫し、この作品自体どこに行ったのか行方不明になっていたものだ。

1996年の岡本太郎の死後、メキシコで発見され、日本に里帰りとなったものである。この巨大壁画の設置のついては、広島など、候補地が名乗りを上げ、最終的にこの渋谷駅に決まったものだ。

私は当然広島にと、思っていたが、渋谷駅構内と決まり、今回の公開となったものだ。考えて見れば、30万人が毎日行き交う渋谷駅構内に存在するのも、原水爆の恐怖と戦争に対する憤りを、日本人が日々噛みしめるというのも悪くないかもしれない。

つづく
 

薄れ行く日本の存在感と時を同じくして相撲界の凋落

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月17日(月)16時57分10秒
  相撲がどうしようもなく、面白くない。面白くないから、観客も集まらない。08年秋の九州場所は、散々な有様である。昨年の相撲部屋のいじめ殺人事件、八百長裁判、ロシア人力士の大麻汚染など、およそ国技という格式のある競技に相応しくないスキャンダル続出で、壊滅的な状況だ。NHKのテレビが終了すれば、相撲界は消滅する可能性だってありそうだ。

ところでこの相撲界の状況は、日本の政治状況とも似ている気もする。首相になって、冒頭解散すると思われていた麻生さんは、結局、解散を回避し、今度は、二兆円の定額給付金の配り方も指示出来ず、決断できない有様で立ち往生だ。

その麻生首相、アメリカ発の金融危機回避のための緊急サミットでアメリカに出かけ、カッコ良く10兆円をIMFに拠出すると言ったが、結局国際的な評価は得られず、言った手前、日本は、この麻生さんの言う通り、国際的に感謝もされないような「無駄金」を拠出するハメになりそうだ。

日本の存在感が薄れ行く中で、相撲という競技も、またその存在感というか、ありがた味も薄れているのだろう。
 

2008年秋 中尊寺経蔵を拝む

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月12日(水)16時35分16秒
  秋の中尊寺には、悲しい美しさが漂う。紅葉は、日々赤みを増し、落ち葉となって、月見坂周辺にハラハラと落ちてくる。

この時期の中尊寺には、一瞬も目を離さない見所がある。金色堂の西にある経蔵は、この時期の中尊寺の代表的な景色だろう。金色堂を拝観した後、一歩鞘堂を出ると眩しいばかりの紅葉が経蔵を愛しむように覆い掛かっている。

この経蔵は、中尊寺で金色堂と並んでもっとも古い建物だ。寺伝によれば、建立は天仁元年(1108)と言われる。

初代清衡が、前九年後三年の役という、ほぼ40年間に及ぶ戦乱によって、多くの命が奪われ、奥州の地が傷ついたことを憂い、二度とこの地に戦による混乱と悲劇が起きぬことを祈願し、中国から輸入した仏教経典を金銀を交えて書写し、この経蔵の奥に納めたものである。

「平泉」の中心に「中尊寺」を構え、この都市が「平和」の都市であることを高らかに謳った「中尊寺建立落慶供養願文」(1124)には、初代清衡の恒久平和への祈りが、切々と語られている。

しかし残念ながら、清衡の平和への祈りは、三代秀衡が急逝し、四代泰衡の代に、叶わぬ夢(1189)と終わった。しかしながら、中尊寺の寺僧は、清衡の平和の意味を覇者頼朝に堂々と語り、頼朝はその訴えを聞き入れ、今日まで中尊寺は、天台宗の寺として独立を保ってきたものである。

それから八百有余数年の歳月が流れた。かつて創建時、二階建てだった経蔵は、建武四年(1337)の火災により、二階部分が焼け、一階部分を活かして、修復したものと伝えられている。その際にも、本尊の「文殊菩薩像」や運慶作と言われる「千手観音像」や「中尊寺経」(五千三百巻に及ぶ金銀で彩られた経典)や「中尊寺供養願文」、「骨寺古図」は、寺僧たちによって、焼失することなく護られたのである。

多くの参拝者の人々たちが、駆け足のようにして、この経蔵の脇を通り過ぎてしまうのだが、私は実にもったいない気がする。
 

2008年秋 中尊寺讃衡蔵にゆく

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月11日(火)17時06分19秒
編集済
  08年11月9日、平泉中尊寺に詣でる。この日は、寺の宝物館にあたる讃衡蔵(さんこうぞう)において、「『平泉』伝承の諸仏」というテーマ展を開催中とのことだった。

今回は、中尊寺の仏様が、仙台市で開催中の「特別展 平泉〜みちのくの浄土〜」(2008年11月14日〜12月21日)に出張中とのことで、中尊寺ゆかりの諸仏が、全国から14体結集しているというので、是非とも拝んでみたいと思って出かけることにしたものだ。

折りから11月9日(日)は、日曜日と紅葉シーズンが重なったこともあり、大変な人だかりだった。

結集した諸仏には、初代清衡の娘が嫁ぎ先(茨城太田市)で建立したとされる西光寺の本尊「薬師如来坐像」があった。西光寺の薬師如来は、ごつごつとまるでミケランジェロがシスティナ礼拝堂の天井に描いた天地創造のキリストのように堂々とした肉体美を持ち、かつ内面に強い意志を持つ仏として座っていて、周囲には威風堂々とした風格が漂っていた。一方、二代基衡が奥州市黒石寺に寄進したと言われる「日光・月光菩薩立像」の二体の仏像は、繊細にして、縦長のしなやかなフォルムで、百済観音にも似た優美さを感じた。

その中で、私がもっとも感動を覚えたのは、三代秀衡にまつわる仏像だった。その仏は、岐阜県郡上市白鳥町石徹白(いとしろ)の白山中居神社(はくさんちゅうきょじんじゃ)から、やって来られた「虚空蔵菩薩坐像」である。

どんな仏様が集まっているか事前に調べては居なかったせいもあり、この高さ1mにも満たないような小さな仏像の脇に、「石徹白」と説明があるのを見た時は、「ええーっ」と息が止まりそうになった。

この仏は、元暦元年(1184年)というから、今から824年前に、奥州藤原氏三代秀衡が、自らの白山信仰のために寄進したものとされるものだ。秀衡は、この時、この仏を守るために、上村12人衆という武士を、遣わした。そして今でも、その子孫たちが、この「仏を永代に渡り守護せよ」との秀衡の意思を守り続けているのである。

上村12人衆の子孫たちは、大変な思いをして、この仏を伝えた。例えば、明治維新直後に吹き荒れた廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の嵐により、仏像は打ち壊される危機を迎えた。しかしその時にあっても、彼らは密かにこの仏像をこの神社から運びだし、先の観音堂と大師堂を建立し、ついに虚空蔵菩薩像を後世へと伝える大役を見事に果たした。

平泉側で、この仏像の存在を知ったのは、昭和55年(1980年)というからつい最近のことである。何というエピソードだろう。しかし感動も、言葉がなければ伝わらない。おそらく、このエピソードを知らなければ見過ごしてしまうに違いない。その他、計14体の諸仏が、平泉に集まっているが、この14体の一体一体に、石徹白の「虚空蔵菩薩坐像」に似た話があるかもしれない。そんな理由で、後ろ髪を引かれる思いで、讃衡蔵を後にしたのであった。
 

大地震から5ヶ月進まない災害現場周辺地域の道路修復

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月10日(月)17時09分49秒
編集済
  時の移ろいは早いもので、今週金曜日で岩手・宮城内陸地震が発生して、5ヶ月となる。連日、新聞などを見ると、復旧へ向けた前向きな記事が見られるようになった。そこで被災地住民の生活も、早晩、平常時に戻る過程にあるのかなと、少し楽観的に物事を考えるようになった。

08年11月9日付け河北新報(本社宮城県仙台市)朝刊のトップページには、栗駒山の宮城県側の登山口にあたるいわかがみ平に取り残されたままになっていた車両19台が、およそ5ヶ月振りに、運び出された記事(※注)が載っていた。

<※注>河北新報11月9日朝刊
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1029/20081109_01.htm

この記事だけを見ると、道路の修復もかなり進んでいるように思えてしまう。ところが、実際に地元に行って、栗原周辺の道路を走ってみると、地震の際に道路に現れた亀裂や段差がけっこうそのままになっていて、知らずに通常のスピードを出していると、ガクンと来たりする箇所が少なからず見られた。

地元住民に、道路の件を聞くと、小声で「予算がないのか。それとも、直す気がないのか、しょうがないです・・・」と半分諦めているような言葉が返ってきた。それでいて、耕英に通す

もちろん国道4号線のような大きな道路は、問題ないようだが、少し国道から県道や市道に入ると、たちまち、道路の具合が悪くなる。というより、栗原、一関、平泉地区などを走ってみて、大地震の起こった時に、亀裂箇所の応急処置をした後、抜本的な修復に、ほとんど取りかかっていないという印象を受けた。

例えば、一関から萩荘を通って栗駒出る道は、国道(457号)であるにも関わらず、小さな亀裂や段差もそのままになっているところが至るところにあった。また国道から宮城の県道42号(被害の大きかった耕英地区に到る)入っても、小さな亀裂が段差を修復した様子は見られなかった。

また岩ヶ崎や細倉地区から荒砥沢ダムに到る県道179号も到るところに、亀裂や段差があって、とても危険な感じがした。

栗駒地区や文字地区の道路は、地元住民の生活道路である。生活道路でありながら、これらの修復が放置されたままで、現在報道だけを信じて見ると、あたかも、国や県、市などの復旧への対応は、万全であるような印象を受けるが、地元に来て、実際道路を走り、地元住民の声に耳を傾けてみると、まったく違う現状が見えて来る。

マスコミの報道の姿勢に対し、もう少し公の発表をそのまま信用して、報道するのではなく、地元の住民の声や、実際の道路の現状を見た上での記事を書くことが大切ではないかと思った。

また河北新報の記事を出して悪いが、11月7日(※注2)には、「土砂と格闘道開く 栗原・県道復旧工事」という少し県の工事関係者におもねり過ぎではないか思われる記事が掲載されている。これは耕英地区の南側の行者滝の崩落現場で関係者が機材を使って土砂と格闘している様子が写真三枚で報道されているものだ。しかしよく考えて見ると、この記事は、冒頭で紹介した「いわかがみ平」の自動車の運び出しの宮城県の努力を紹介する前段記事なのだ。

<※注2>河北新報11月7日朝刊
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1029/20081107_01.htm

要するに、この記事は、宮城県の復旧工事を主導する関係者を褒めるための記事である。はっきり言わせてもらって、このタイトルを見ながら、正直なところ「大本営発表のような印象」を持ってしまった。もっと地元住民の気持ちを汲み取った報道をすべきではないのか。5ヶ月前の地震で、もっとも被害の大きかった栗原地区周辺の道路を走りながら、心底そう思った。

河北新報社は、大地震発生以来「特集記事」を組んで、これまで5ヶ月大地震から立ち直る被災地の様子を伝えてきている。その姿勢は大いに評価したい。緊急出版した「特別報道写真集 岩手・宮城内陸地震」(河北新報出版センター 08年7月1日刊)も、被害の実態をズバリと伝えていて素晴らしい。それだけに、今後とも、宮城県の復興に向けた取組姿勢などには、厳しくチェックを加えると同時に、被災地やそこに住む住民たちの生の声を大いに記事に反映してもらいたいものである。
 

オバマ小論 2

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月 6日(木)17時04分3秒
編集済
  さてオバマ旋風を巻き起こして、奇跡のような勝利を手中にしたオバマだが、これからが正念場となる。オバマが率いるべき新しいアメリカの政権は、文字通り、ふたつの戦争とサブプライム問題による金融危機に打ちのめされたアメリカの希望(ホープ)の星として誕生した政権である。と同時に、戦争とテロと金融危機で、混迷の色を濃くする世界の希望の星でもある。

オバマは、本当の意味で、アメリカの希望の星から世界の希望の星になれるだろうか。

確か、オバマは、自伝の中で自分は透明なスクリーンのような存在と語っていた。それはアメリカ国内の政治的対立を乗り越えて、アメリカをひとつにまとめ、さらにふたつの戦争と戦争と紛争とテロの火種の充満する緊張した世界の政治情勢をひとつの立場に偏ることなく、緊張を緩和させ、世界に平和をもたらすという覚悟のように、私には響いた。

バラク・オバマには、従来の政治家的リーダーには感じない寛容な精神と言うのか柔らかな心があるように思える。それが今回アメリカ国民の心を強く捉えたのだろう。

もうひとつオバマに、課せられているのは、際限のない欲望(利益追求)というパンドラの函を開け、螺旋階段のような金融恐慌という線路上を、破滅へ向かって疾走するがごとき世界経済を立て直すことだ。

幸い、彼には強い意志と反対意見を聞き、その中から実りある要素を取り入れる柔軟さが備わっている。彼には、10年前のクリントン政権時代に双子の赤字に苦しんでいたアメリカ経済を見事に立て直したスタッフが経済ブレーンとして控えている。かつての財務長官だったサマーズやルービンと言った面々だ。当時彼らは、ドリーム・チームと呼ばれたことがある。

現代資本主義の過ちは、誰かが言うように、金融工学の過信と信用市場の拡大によって、実体が見えなくなり、しかもカジノ化(金融資本主義)してしまったことにあると言ってよい。そこで注目されるのが、労働分配率の修正である。つまりオバマが政策として掲げる低所得者層に対する手厚く処遇することは、時代の要請にあっているというべきだ。つまり勝ち組と負け組に二極化してしまい、いつしか居なくなってしまった中間層(中流)を、増やす政策である。

つづく
 

アメリカ大統領に当選したバラク・オバマ小論 1

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年11月 5日(水)16時59分20秒
  アメリカ大統領選挙で、バラク・オバマ氏が大差で勝って大統領の座に就くことになった。オバマ氏は47歳。このオバマという人物は、立候補を表明した時、大統領になると予想した者は、ほとんどいない。泡沫候補のひとりと思われていた。

ところが、オバマの持つ、言葉の力が、9.11以降、長引く戦争に嫌気をさしているアメリカ国民の中に、希望の光となって、劇的に燃え上がる格好となった。

9.11は、アメリカを全体主義的な熱狂の渦に巻き込んだ。その結果、ブッシュ政権は、アメリカの大義を高々と表明して、アフガンに侵攻した。次には、イラクが核兵器を隠している。アルカイダとも関係がある、との理由で、最強のアメリカ軍を送り時のイラク政権を転覆させた。

ところが、イラクには、核兵器も、アルカイダとの関係を裏付ける証拠もないことが分かった。

アメリカの戦イラク侵攻への大義は失われた後も、ブッシュ政権はズルズルと、今だにアメリカの傀儡政権とも言える政権を支えるために、イラク国内に駐留しなければならない状況にある。

アメリカ国内の愛国的熱狂は、もはや冷め、イラクからの駐留軍の撤退は、是非とも必要な政策だ。

このブッシュ政権のイラクへの軍事介入を一貫して反対してきたのが、オバマその人だった。オバマは、先見の明があったということになる。それは自国が、9.11の熱狂の中で、この熱狂の奥で、ブッシュ政権の選択した政策には、多くの問題点がある、ということを看過していたと言う点にある。

アメリカ大統領という立場は、時として、核のボタンを押すような決断に迫られることもある。このような立場になるものは、自ずから、優れた状況分析力と直観力、決断力が必要になる。

オバマのイラク戦争に対しての一貫した態度は、アメリカ大統領の資質として非常に重要なポイントだったかもしれない。

つづく
 

フィリーズ田口は「仙台四郎」?

 投稿者:佐藤  投稿日:2008年10月31日(金)17時00分48秒
編集済
  08年10月29日、元オリックス田口壮(39)選手のいるフィラデルフィア・フィリーズ(ナショナル・リーグ)が、元ヤクルト岩村の所属するタンバベイ・レイズ(アメリカン・リーグ)を、4勝1敗で圧倒して、ワールド・シリーズを征した。フィリーズは、28年振りの優勝で、フィラデルフィア中が、熱狂に包まれ、ヒートアップし過ぎた約80人の市民が逮捕されたとのことだ。

これで田口選手は、06年のカージナルズ時代に続き、二度目のワールド・シリーズチャンピオンに輝いたことになる。

今年のワールド・シリーズの五戦で、田口自身の出場機会はなかったが、私はこのワールド・シリーズが始まる前、知人たちに「田口がアメリカ大リーグで仙台四郎のような存在になる。したがって田口の運の強さで、フィリーズが優勝だ」とジョーク混じりに予言(?)していた。私に霊感などは一切ないが、現実になってびっくりした。

ところで「仙台四郎」という人物は、一種の商売繁盛の福の神のような存在である。江戸末期から明治時代にかけて、東北の仙台で、生きていた実在の人物である。本名は芳賀四郎。知的障害があって、話すことは得意ではなかったとされる。しかし彼がふらりと訪れた店は、大繁盛となると評判がたち、いつしかその坊主頭に、ドテラを着た風貌は、評判となり、彼の死後には、写真や「福助」のような人形まで制作されて販売されている。最近では、全国的にも、仙台四郎の名が広まりつつあるようだ。

田口選手には、どことなく、仙台四郎を思わせる運の強さがある。大リーグのパイオニアの野茂やイチローが、ワールドシリーズを征して、世界一になりたいと思いながら、野茂はついに、この栄冠を獲得できなかった。イチローも、現在のマリナーズでは、ワールド・シリーズ制覇は夢の夢の有様である。

運が強く、福の神のような田口壮選手のような存在がいる組織は強いということか。実に面白い話ではないだろうか。
 

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