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オバマ大統領演説を読む 3
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月23日(金)11時35分21秒
編集済
この演説でオバマが、より所にしている思考は、アメリカ建国以来の精神。つまり独立宣言書そのものである。1776年7月4日、アメリカ人民は、大英帝国からの独立を宣言した。周知のように、起草した人物は、トマス・ジェファーソンだった。そこには、次のように、人間が自らの意思に基づき、「自由」と「平等」と「幸福に生きる権利」が高らかに謳われている。
「・・・すべての人間は平等につくられている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。これらの権利を確実なものとするために、人は政府という機関をもつ。その正当な権力は被統治者の同意に基づいている。いかなる形態であれ政府がこれらの目的にとって破壊的となるときには、それを改めまたは廃止し、新たな政府を設立し、人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える仕方でその政府の基礎を据え、その権力を組織することは、人民の権利である。」(友清理士 著『アメリカ独立戦争』学研M文庫より引用)
アメリカは、大英帝国と独立戦争を闘い、そして自由国家アメリカを手にした。この独立の精神が、アメリカ政治のDNAそのものとなった。もちろん、この時点では、「インディアン」と呼ばれたネーティブアメリカンや遠いアフリカの地から奴隷として連行され、苦役を強いられたアフリカ系の人々の市民としての権利は約束されていたわけではない。しかし独立宣言に内在する「すべての人間は平等につくられている」という理念が、その後のリンカーンの奴隷解放に通じ、1950年代から60年代にかけてマーチン・ルーサー・キング牧師らの展開した公民権運動が起こり、64年公民権法が制定され、アフリカ系アメリカ人やネーティブアメリカンなどの公民権が確立していくのである。
まさに、ジェファーソンが起草した独立宣言の精神が、アメリカ合衆国の不平等と社会矛盾を長い時間を掛けて徐々に徐々に糺しながら、今アフリカ系アメリカ人の大統領が、233年という歳月を掛けて誕生したことになる。
周知のように、アメリカの独立宣言の精神は、自由と不平等を助長するような政府について、人民はそれに忍従するのではなく、積極的に別の政府組織をつくる権利を有すると明確に述べている。これは、単にアメリカ独立戦争の精神というだけではなく、全人類共通の言うならば世界精神そのものとなった。その後、独立宣言は、フランス革命に影響を与えるなど、民主主義国家において、個人の自由と平等を保証する憲法の骨子として、わが国の「日本国憲法」にもその精神は盛られている。
オバマ新大統領は、この演説の中で、1776年の建国以来度々危機に見舞われたアメリカが、その度に独立宣言の精神を楯として、立ち上がってきた先人たちの労苦を讃える。と同時に、今度は、私たちの世代が、今こそ国民精神を鼓舞し、自由と平等のために、自己犠牲をもいとわずに奉仕の精神をもってアメリカを「リメイク」しようというのである。またそれは私たちの世代の「新たな責任」でもあると述べた。
オバマ大統領演説を読む 2
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月22日(木)16時51分13秒
編集済
オバマは、ここまで、演説の中で、アメリカをどのようにリメイク(作り替える)するかについて語ってきた。
そこで次ぎに、誰(リメイクの主体)が、何を(どんな精神)より所にしてアメリカを作り替えるか?といえばそれは政府が勝手に行うものではなく、米国民(人民=ピープル)みずからが、アメリカの独立宣言の精神をより所にして、その難事業を行うのだと説く。またその精神は、国家への「奉仕の精神」と明言する。
これはこれまでアメリカ人が独立戦争以降、300年間、ずっと携えてきた古くて新しい精神である。オバマの演説もこの精神的風土の中で練られたものだ。
とかく、日本で、「国家への奉仕」を云々する時、第二次大戦の暗い国家への忠誠と滅私奉公を思い出して、嫌悪感を持つ人も多い。しかしアメリカでは、ワシントンだとうが、リンカーンだろうが、ルーズベルトだろうが、ケネディだろうが、歴代の大統領は共和党、民主党の別なく、国家へ奉仕という理念をごく普通に当たり前のように口にする。
日本においては、国家そのものが、誤った情勢分析をもって、一時国家そのものを、滅亡の淵まで誘ってしまったという反省の念が強く、いまだに日本人の心を、政府(国家)を信用に足るものではないと無意識的に縛っているのかもしれない。はっきり言って、これは日本と日本人にとって、戦争のトラウマから来る不幸と言うべきであろう。オバマは、このように、演説で語っている。
<奉仕の精神をもって>
いまこの瞬間にもはるかな砂漠や山々をパトロールしている勇敢な米軍人たちのことを思い起こす。 私たちが彼らに 敬意を表するのは、彼らが私たちの自由の守護者だからというだけでなく、彼らが奉仕の精神の体現者、つまり自分自身より大切なものに意味を見いだそうとしているからだ。そして今、一つの時代が形作られようとしている今、私たちすべてが抱かなければならないのがこの精神だ。
<新たな責任の時代>
最も難しい局面を乗り切るのは、堤防が決壊した時に見知らぬ人を招き入れる親切心であり、友人が仕事を失うのを傍観するよりは自分の就業時間を削減する労働者の無 私の心だ。煙が充満した階段に突っ込んでいく消防士の勇気、子どもを育てる親の献身の気持ちが、私たちの運命を最終的に決める。
今私たちに求められているのは、新たな責任の時代だ。それは、一人ひとりの米国人が、私たち自身や我 が国、世界に対する責務があると認識することだ。その責務は嫌々ではなく、むしろ困難な任務にすべてをなげうつことほど心を満たし、私たち米国人を特徴づ けるものはないという確信のもとに、喜んで引き受けるべきものだ。 これが市民であることの代償と約束である。
オバマ大統領就任演説を読む 1
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月21日(水)17時03分19秒
編集済
朝日新聞に掲載されたオバマ大統領就任演説全文を読みながら、オバマ演説を読み込んでいくことにする。
オバマ新大統領は、就任式のスピーチの冒頭で、「私たちが危機のさなかにある」と厳しい現状認識から始めた。その危機とは、ふたつある。通常100年に一度と言われる「金融危機」かと思えば、そうではなく、「テロと戦争状態にある」ことを最初に述べた。オバマが、最初にこのことに触れたことは、色々なことを想像させる。次ぎに経済のひどい状態にあることを語った。金融危機がアメリカの経済をズタズタに引き裂いていることを語った。
また医療問題の深刻さ、それから石油の大量消費社会からの転換の必要を語った。
またもっともアメリカ社会で深刻なのは、アメリカが衰退の流れにあって、それは避けられないとの不安や恐怖が、全米中を支配していることだと、まず希望を持つことの大切さを語ったことだった。
ここから、オバマは、「アメリカをリメイクしよう」という言葉を使い具体的な政策について、明快に語っていく。
<アメリカをリメイクしよう>
私たちの労働者は、この(経済)危機が始まった ときと比べ、生産性が落ちたわけではない。先週、先月、昨年と比べ、私たちの創造性が低くなったのでもなければ、私たちの商品やサービスが必要とされなく なったのではない。私たちの能力は衰えていない。ただ、同じところに立ち止まり、狭い利益を守り、不快な決断を先延ばしする時代は明らかに過ぎ去った。私 たちは今日から、自らを奮い立たせ、ほこりを払い落として、アメリカを再生する仕事を、もう一度始めなければならない。
(1 新しい産業と雇用の創出)
経済状況は、力強く迅速な行動を求めている。私たちは行動する。道路や橋、配電網やデジタル回線を築く。科学技術の驚異的な力を使って、医療の質を高め、コストを下げる。そして太陽や風、大地のエネルギーを利用し、車や工場の稼働に用いる。新しい時代の要請に応えるように学校や大学を変革する。
(2 機能する政府をつくる>
私たちが 今日問わなくてはならないことは、政府が大きすぎるか小さすぎるか、ではなく、それが機能するかどうかだ。
まっとうな賃金の仕事や、支払い可能な医療・福祉、尊厳をもった引退生活を各家庭が見つけられるよう政府が支援する。私たち公金を扱う者は、賢明に支出し、悪弊を改め、外から見える形で仕事をするという、説明責任を求められる。それによってようやく、政府と国民との不可欠な信頼関係を再建することができる。
(3 市場の健全性を回復する)
富を生みだし、自由を広めるという市場の力は、比類なきものだ。しかし、今回の(経済)危機は、市場は注意深く見ていないと、制御不能になるおそれがあることを、私たちに思い起こさせた。また、富者を引き立てるだけでは、国は長く繁栄できない、ということも。私たちの経済的な成功は、国内総生産(GDP)の規模だけではなく、繁栄がどこまで到達するかに常に依存してきた、つまり、意欲のある人にどれだけ機会を広げられたかだ。慈善心からではなく、それが、私たちの共通の利益への最も確実な道筋であるからだ。
(4 アメリカの軍事力について)
国防について、私たちは、安全と理想の二者択一を拒絶する。米国の建国の父たちは、私たちが想像できないような危険に直面し、法の支配と人権を保障する憲章を起草した。これは、何世代もが血を流す犠牲を払って発展してきた。
先人たちは、自らの力は慎重に使うことで増大し、自らの安全は、大義の正しさ、模範を示す力、謙虚さと自制心から生まれると知っていた。私たちはその遺産の継承者だ。
(5 イラクとアフガニスタン問題)
私たちは、責任ある形でイラクをその国民の手に委ねる過程を開始し、アフガニスタンの平和構築を始める。また古くからの友好国とかつての敵対国とともに、核の脅威を減らし、地球温暖化の恐れを巻き戻す不断の努力を行う。
(6 テロリストへのメッセージ)
私たちは、私たちの生き方を曲げることはなく、それを守ることに迷いもしない。自分たちの目的を進めるためにテロを引き起こし、罪のない人々を虐殺しようとする者に対し、私たちは言おう。いま私たちの精神は一層強固であり、くじけることはない。先に倒れるのは君たちだ。私たちは君たちを打ち負かす。
(7 イスラム世界へのメッセージ)
イスラム世界に対して、私たちは、共通の利益と相互の尊敬に基づき、新たな道を模索する。紛争の種をまき、自分の社会の問題を西洋のせいにする国々の指導者に対しては、国民は、破壊するものではなく、築き上げるものであなたたちを判断することを知るべきだと言いたい。
(8 抑圧国家の指導者へのメッセージ)
腐敗と謀略、反対者の抑圧によって権力にしがみついている者たちは、歴史の誤った側にいることに気づくべきだ。そして、握りしめたそのこぶしを開くのなら、私たちが手をさしのべることを知るべきだ。
(9 貧しい国家の人々へのメッセージ)
貧しい国の人々に対しては、農場を豊かにし、清潔な水が流れるようにし、飢えた体と心をいやすためにあなた方とともに働くことを約束する。
(10 先進諸国へのメッセージ)
米国同様に比較的豊かな国には、私たちはもはや国外の苦難に無関心でいることは許されないし、また影響を考えずに世界の資源を消費することも許されない。世界が変わったのだから、それに伴って私たちも変わらなければならない。
以上、オバマがどのようにアメリカをリメイク(作り替える)するかという骨子が分かったことになる。つづく
書評「弁慶はなぜ勧進帳をよむのか」を読む
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月20日(火)16時59分24秒
「弁慶はなぜ勧進帳をよむのか」というタイトルに惹かれた。明快な答えが、当然あるものと期待した。例えば「主君源義経を助けて無事奥州平泉に送り届けるために読んだ」とか。
ところが、この本は、わたしのような凡夫の発想を見事に裏切って、大まじめに弁慶という日本人の精神が歴史文化の中でイメージとして膨らませてきた背景の謎解きをする。副題には、「日本の精神文化と仏教」とある。要は、「弁慶」とその弁慶のの活躍する勧進帳というものを仏教の見地から捉え直した書ということになる。
著者は真言宗大谷派の僧籍を持ち現在大谷大学学長を務めるられる小峰彌彦師である。この大谷大学には、かつて世界的な禅の権威の仏教学者鈴木大拙(1870〜1966)や、仏教民俗学を切り開いた民俗学者五来重(1908〜1993)も教鞭を取られていた。
五来氏は、その著「高野聖」(角川選書 昭和50年6月刊)で、放浪の歌人と考えられてきた西行の高野山における事績を手がかりとして、西行法師が、典型的な高野聖(こうやひじり)ではないか、との説を発表し、国文学者、歴史学者、民俗学者を巻き込んで、一大論争を巻き起こしている。ひとりの人物に別の光を当ててみると、まったく別のイメージが浮かび上がってくることがある。
その意味では、この著も、弁慶という存在に別の光を当ててみるユニークな試みである。但し、西行法師と弁慶の違いは、弁慶という人物が、西行法師と比べ架空性の強い創作された人物の色彩が濃いことだ。
弁慶が記載されている文献を、歴史的にみて真実性の高い順に並べれば、吾妻鏡、平家物語、義経記という順になる。吾妻鏡に、弁慶の記述はわずか一回。平家物語には7回。ところが義経記は、巻第三が「弁慶物語」と呼ばれるほどで、義経記とは名ばかり、当の義経を凌ぐヒーローにのし上がっている。
実際の弁慶は、義経記でデフォルメされ、その後、能や歌舞伎で、さらにデフォルメされ、鬼神のごとき存在にまで大きくなった。しかし、吾妻鏡や平家物語で登場した人物像を冷静に辿ってみると、つねに義経の隣にいて、主人の小間使いや文書などをまとめる雑務をこなす僧にしか思えない。一ノ谷の合戦の後、義経が篤盛らの首実検をしたと言われる神戸の須磨寺には、弁慶の書というものがある。また兄頼朝の勘気のため、鎌倉に入れず、腰越の満福寺に逗留した時の有名な腰越状の下書きというものが残っているが、これも弁慶の筆と言われるものだ。
要は書生の如き文化系の人物であった弁慶が、いつの間にか、体育系の剛の者に化けて行った可能性が高い。この背景には、まさに熊野詣を呼びかけに全国を巡る山伏たちの存在があったことが考えられる。事実、弁慶がもっとも活躍する義経記の義経の奥州への逃亡ルートが極めて詳細に記述されている理由は、この義経記の創作に実際の山伏たちが、関わっていたと考えられている。
この著の中で、著者は、勧進帳の何も書いていない巻物を読む弁慶と富樫の息詰まる丁々発止の対決の奥にある密教思想などの背景を明らかにする。しかしそれが密教で一括りにできないのも確かである。日本人のモノの考え方には、神道や道教や密教や禅宗など、さまざまな思考が、複雑に混交されて、ひとつの日本文化を形成している。本書は、そのことを気付かせてくれる日本文化の重層性を思索させてくれるユニークな書である。勧進帳の他、能で有名な「道成寺」や「卒塔婆小町」の論考もあり面白い。
しばらくバラク・オバマから目が離せない
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月19日(月)17時04分16秒
編集済
09年1月20日にアメリカ大統領に就任するバラク・オバマ氏が、17日夜(日本時間18日)、列車でワシントンに入った。実は、この演出は、1861年奴隷解放を宣言した第16代リンカーン大統領の就任式にあやかってのものだ。
オバマ氏は、17日午前、東部の古都フィラデルフィアにおいて、リンカーンの「人民の人民による人民のための政府」の下りを引用し、全米中の叡智を結集して目の前にある危機を乗り越えることを力強く語った後、列車に乗り、同日夜ワシントンに着いた。実に心憎い演出だ。
ワシントンでは,20日の就任式にむけて、日本円で58億円の予算で(全て個人の寄付)、壮大な大統領就任式が予定されている。18日には、オバマを応援してきたブルース・スプリングスティーン、スティービー・ワンダー、U2などの超大物アーティストが、ワシントンにあるリンカーン記念堂でコンサートが開かれた。
大統領就任式当日には、全米中あるいは全世界から200万とも300万とも言われる人々が、歴史的な就任式を一目見ようと、ホワイトハウスの一角に集まるものと予想されている。
アメリカのパワーというか、強烈な民主主義のエネルギーのようなものを感じ、背筋に電流が走った。確かに最初は、泡沫候補に過ぎなかったオバマ氏が、あれよあれよという間に、当初はまったく歯が立たないと思われていたヒラリー・クリントン候補を破って、民主党の大統領候補にのし上がり、さらに共和党のマケイン候補を圧倒して大統領に当選した過程をつぶさに見た者として、この人物が体現しているものは、単にアメリカの将来というよりも、人類の未来をも、握っているように思われる。
単なる弁舌の巧さで、のし上がるほど、アメリカ大統領の椅子は簡単なものではない。明確な支持団体のなかったオバマが、個人の市民のカンパを中心にして、じわじわと支持を全米中にアメーバのように拡げて行った過程には、アメリカを激しく揺るがして止まなかった国家の危機があった。
その意味では、100年に一度と呼ばれる金融危機がオバマ政権を誕生させたのある。当選後、異例の早さで、アメリカ経済立て直しのベストメンバーとも言われる布陣をひいた。
つまり、アメリカ市民は、アメリカ型民主主義のエンジンとも言うべき大統領選挙戦を通じて、アメリカの叡智を結集することが出来る器をバラク・オバマの中に発見し、大統領という椅子を彼に与えたということになる。
アメリカには、メディア側に「百日ルール」というものがある。就任後、百日間は、新大統領に辛口の記事を控えようとの暗黙の了解だそうだ。しかし今、アメリカも世界も、そんなことを言っていられる状況ではない。
シビアに言えば案外経済政策は、無難にこなすかもしれない。だが、兵力増派を前もって公約しているアフガニスタン問題とガザ紛争の解決へは、困難な航海が予想される。今後のバラク・オバマ「地球丸」船長の舵取りを注目したい。
定額給付金はツーマッチ、ツーレイトでオジャンか!?
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月16日(金)16時53分34秒
編集済
財政審議会が、15日、2兆円の定額交付金に関して、はっきり「こんな形のばらまきはやるべきではない」と発言したことは大きい。
これによって、交付金の問題は、凍結の方向に向かって進んでいるように感じる。本来、貧しい人も豊かな人も、一緒くたに、お金を給付するなど言語同断な話だ。
結局、今回の給付金は、少なすぎで遅すぎで、失敗という結果に終わりそうだ。財政審議会の明確な決断に拍手を送りたい。
独自の視点で劣化した日本を読む
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月15日(木)17時08分8秒
政治の世界を見ながら、麻生首相が漢字を読めないなど、つくづく日本人の精神が劣化していることを強く感じる今日この頃だ。
さて待てよ。昔はそんなに日本人は利口だったのか。第二次大戦で国力で遙かに劣る日本が、米国に戦争を仕掛け、原子爆弾まで落とされ、多くの犠牲者を出すに至った。
このようなことを考えれば、日本人の劣化は今に始まったことではない。それよりも、骨のある人間が、沈黙し、愚かな人間が権力を握った時が怖いのである。
その意味で、今の日本はかなり危険な状況の社会ということになる。
各自大切なことは、愚かな指導者や愚かなマスコミのゴミのような報道に惑わされず、何が真実かを見極める独自の視点を持つことだ。
千代田区長選挙の最大の争点は「景観」
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月14日(水)17時07分17秒
編集済
千代田区長選挙の最大の争点として「皇居周辺の景観」が浮上
<下田武夫氏の立候補記者会見>
1 千代田区長選と皇居の景観
最近俄に皇居周辺の景観論議が沸騰しつつある。日本の顔とも言える皇居は、天皇の御所という聖域でありながら、その周辺地域には、ビジネス街の丸の内や国会議事堂のある永田町に隣接している。
この日本の政治経済の中心を包摂する地域は千代田区と呼ばれる。そんな千代田区の区長選挙が2月1日(公示1月25日)に迫ってきた。
09年1月13日(火)、現千代田区議会議員(二期目)の下田武夫氏(71)は、千代田区役所において、「皇居周辺の景観と環境を守る千代田区政に!」など三つの公約を訴えて、区長選に立候補(無所属 民主党推薦予定)することを表明した。
対立候補は、現職の石川雅己氏(68)と見られている。石川氏は、都の千代田区企画室課長、東京都福祉局長を歴任し、都職員を退職後、平成13年に区長に就任し二期目の人物だ。
今回の区長選の争点は、後期高齢者や子育て支援の問題などもあるが、何と言っても、皇居周辺地域の開発をこれまで通り効率優先で行うのか、それとも日本の政治経済の中心地のまさに中心に存在する宮城の緑と環境をかけがえのないものとして、これを最大限に生かす”まちづくり”をやり方を選択するかが問われている。
これまで千代田区には「千代田型地区計画」なる制度があり、これによって、容積率の上乗せや道路斜線制限などを緩和し、開発優先の考え方がまかり通ってきた。しかし世界的に都市の景観や住環境が重視される時代となり、千代田型地区計画は、時代遅れの遺物であり、日本の顔と言われるような皇居周辺の都市の計画立案などできるはずはない。事態はもっと急迫しているのだ。
2 パレスホテル問題と宮内庁
例えば、待ったなしで、取り壊し寸前に入っている東京駅前の旧中央郵便局がある。解体後は、近くにある丸ビルや新丸ビルと同じく、200m級の高層ビルに建て替えられる計画が、進められている。大手町の合同庁舎跡地には、180m級の高層ビル計画が、本年4月に着工される予定だ。また内堀通りを挟んで大手門の前にあるパレスホテルは、この1月20日にも、営業を停止して、100m級の高層ビル化する計画が進んでいる。この計画は、昨年4月、千代田区の審議会で明らかにされたものだ。
この三つの計画に対し、昨年7月区議会は、「東京中央郵便局建造物保存を求める要望」、「皇居周辺の景観保全」に関し「特別措置を国に求める」意見書などをを全会一致で提出されている。
この動きに呼応するように、皇居を管理する宮内庁は、高層化するホテルの200mほど西北に宮内庁病院などがあることから、ホテル側に対し、特段の「配慮」を求める異例の「申し入れ」を行った。
3 東京都の「新景観計画」案を読む
東京都も、皇居周辺地域の開発に新たな規制のルールを導入する方向に大きく舵を切り始めた。
昨年12月24日、東京都は、皇居周辺の景観を保護するための原案をまとめ東京都景観審議会に提出した。この中に「皇居周辺の景観形成方針」(5原則)がある。
1.歴史・文化を生かし首都の風格を際立たせる
2.皇居の緑や水辺と調和した眺望景観を保全する
3.国の中枢を形創る
4,優れたデザインで首都の顔づくりに貢献する
5.場所ごとの街並みの連続性、一体性を充実させる
この5原則(美の基準)をもって、高層ビル計画などをついては、事業者に事前協議書を提出させて、デザインや色などを基準に基づいてチェックし、原則に合わない計画については、改善あるいは変更の命令を下せるというものだ。
特に千代田区の抱える大手町、丸の内、有楽町、霞ヶ関、九段下、千鳥ヶ淵の内堀地域をA区域(外堀地域はB地域)として景観形成の基準を設定するなど厳格なものとなっている。また各地域ごとに、先の5原則で現状評価を試み、今後の景観形成の方途を明示している。
具体的に例えば皇居外苑(大手町・丸の内・有楽町)では、日比谷通りにおいて、高さが「歴史的な31mの軒線の連続性確保」という文言を使用し、低層部と高層部を分けて道路側から見た眺望の統一感を重視する姿勢を打ち出している。また皇居周辺「地区全体のスカイラインのまとまりや調和に配慮する」などとしている。さらに皇居の特徴である「濠、緑、石垣等から形成される特色ある眺望景観を保全するため、眺望点からの見え方に配慮する」と謳っている。
4 ”日本の顔”に相応しい景観の形成に区民の声を
今回の都の新景観計画案に対し、千代田区のある区議会議員からは、「千代田区でも、この10年ほど景観条例(平成12年4月施行)をもって事前審査を行ってきた歴史がある。都は千代田区の研鑽と経験の上に今回のプランを発表したが、千代田区が、景観行政団体になるのを先延ばししたようなもの」との声も聞こえてきた。
しかし今のところ、全体としては、及第点の付けられる素案という見方も多い。特に東京都が、皇居周辺の景観に「日本の顔」として特段の配慮をする都市計画を発表した意義は大きい。
とかく日本の都市計画は、フランスの地理学者オギュスタン・ベルグ(1942ー )が「風土の日本」(ちくま学芸文庫 1992年刊 317頁)で指摘したように「明治以降・・・都市環境の快適さよりも生産設備の充実を総体的に優先させてきた」経緯がある。しかし今回のプランでは、「皇居」という特別な「場所性」を踏まえ、5つの美の基準を揚げ「高さ」はもちろんその「デザイン」や「色彩」まで規制を加え、首都として品格のある景観の形成を計る方向を示したことは大いに評価できる。
ただ、一点、この東京都の「新景観計画」で曖昧な部分は、都と区の役割分担(権限の範囲をどうするか)と計画決定の適正な手続きの問題であろう。特に「計画決定の適正な手続き」を制度化すること(いわゆるデュープロセス)は、大事な問題だ。
都が公開した今回の資料を見ると「事前協議」のフローチャートは確かに存在する。そして、事業者が、事前協議書提出の後、景観審議会が5原則に基づいて評価を行う仕組みになっている。しかし区や地元住民の声が反映される仕組みが明示されていない。これは計画決定プロセスにおける重大な制度的欠陥と言わなければならない。それは結局、千代田区に生活する区民の声をどのように景観形成に反映させるかという民主主義の深化の問題と深く関わっていることなのである。
それでも今回、千代田区長選挙を通じ、地元住民が選挙の争点として浮上した「皇居周辺の景観の形成」に深く関わることになることは大きな進歩だ。都の「新景観計画」は成否はここからが正念場と言える。住民や識者の意見(パブリックコメント)などを十分精査し、特に民主的な適正手続き(デュープロセス)の手法などは直ちに盛り込むことにより、千代田区民(都民)自らが、誇りをもって歴史や風土を活かした皇居周辺の景観形成に関わる日が訪れる日を期待したい。(佐藤弘弥記)
派遣村は依存社会日本の縮図か?
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月13日(火)17時07分18秒
成人式の喧噪を横目で見ながら、不景気に成人を迎える世代を思った。
私たちの親の世代は戦争の世代だった。
私たちの世代は学生運動の世代だった。
その後、バブル世代があり、失われた10年の世代があり、
親が入れ替わり、子が親になり、日本という社会のモラルは、いつの間にか、崩壊し、恥の文化と言われた日本から、恥は消え、家族愛も消え、子が親を殺し、親が子を殺す、信じられない地獄の様相の世界となった。
いったい何がいけなかったのか。人によっては、米国の悪いところばかりを盗んでしまった。米国の陰謀だという人がいる。
そうだろうか。すべての罪を他人に被せるようなもの。すべてが自分が選れび、自分が蒔いた種が発芽しただけではないのか。
その意味で、年末に突然現れた日比谷の派遣村なる動きも、イマイチ納得できないものがある。
派遣というスタイルを選んだ時点で、深い思慮があれば、そこから這い上がる知恵を使い、蓄えを作り、人の違う道を創造できたはずだ。
もちろんすべての人を、十把一絡げにすることは出来ないが、長いものに巻かれる依存社会日本の縮図が垣間見れた気がした。
不思議な時間の流れ
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 1月 8日(木)17時05分16秒
編集済
平泉の柳の御所で枯死した桜から仏像を彫り出すこと。
08年12月30日、平泉に行った。第一の目的は、99年8月平泉で行った源義経公810年祭でお世話になった中尊寺のお坊さんの霊前に手を合わせること。第二は、柳の御所で枯死し伐採されたしだれ桜の材木を仏像二体を彫り出すための段取りをすることだった。
雪はちらほら残っていたが、穏やかで暖かな年の瀬だった。一関駅で菅原次男氏と午前11時に待ち合わせ、平泉に着く。
霊前にお線香を手向けた後、伐採された桜の材木の置かれている場所に向かった。桜は雪をかむって静かに横たわっていた。仏師の藤原氏や吉田氏、桜の再生のために力を尽くして来られた佐藤氏が、この忙しい年の瀬の中、ほとんど奇跡的に、この場所に集まってくれた。あらかじめ、何の計画があった訳ではない。
すると、「この木を三等分して、池に沈めたい」と藤原氏が言われた。池に沈めて、仏像になる木を乾燥させるのだそうだ。芽が詰まってより固い材料になるという。「じゃー、製材所に連絡して」とトントン拍子に話が進んで、佐藤氏が連絡すると、千葉製材所さんがすぐ来るということになった。
ものの、一時間で、池に沈めた。余りに事の進みが早いので、ホントにこれでいいのかな、と奇妙な気持ちが頭を過ぎった。沈めた池は、毛越寺管轄の僧坊の持ち物で、これまた菅原次男氏が電話で連絡し、了解を取ったのだ。
実に不思議な一日だった。難しいことが、予定も何もないのに、あれよあれよという間に、話が進む、そんな瞬間もあるのだ。
藤原氏によれば、おそらく彫りが終わるまで、3年ぐらいかかるだろう、と言われた。いったい何ができるか、既にもう形は、神仏の世界では、実現しているのかもしれない。
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