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子育て支援策を不平等というなかれ

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 9月 8日(火)17時02分23秒
編集済
  民主党のマニュフェストの目玉のひとつ「子供手当」に対する批判で、「子供のいない家庭に対し不平等ではないか」というものがある。

しかしこの批判は、まったくナンセンスだ。今の日本にとって少子化対策は、急務でもっとも大切な政策のはずだ。不平等論で片付けられるべき問題ではない。次元が違うというべきだ。

問題は、日本社会が、女性が子供を生まない社会(経済的に産めないという側面もある)になって、産んでも子供を十分に育てられる環境にはないという点だ。

今では、若い女性たちが、子供を産むことで、社会的弱者化しなねない状況にある。若い女性や若い夫婦たちが、安心して子供を産み育てられる社会を作ってこなかった前政権の政治的責任は実に大きい。

これまでともすれば、前政権では、経済を優先し、福祉や少子化問題を、どこかで切り捨ててきていた。この思考法を大転換しない限り、日本社会が、活力を取り戻すことは不可能だ。

言ってみれば、子供の存在は、日本社会にとって宝物のような存在である。日本社会の未来を担う子供たちが、それこそ親の貧富の差による不平等な扱いを受けることなく、安心してこの世に生まれ、教育を受け、成長していく権利は、憲法が保障しているはずだ。ところがその環境がなかったのである。

子供たちの権利を保障し、生きやすい環境を整備するのは、政府の務めであり、国民全体が、子のない家庭との不平等を声高に主張するような意識では、日本が良くなるはずはない。日本社会を良い方向に大転換するために、この子育て支援という政策を前向きに考えるべきだ。
 

東京オリンピックは必要か否か

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 9月 3日(木)17時01分42秒
編集済
  2016年の東京オリンピックの招致活動が終盤戦を迎えているようだ。

この9月2日、IOC(国際オリンピック委員会)が、4つの候補地の「評価報告書」を公表した。報道によれば、IOCの委員の中で東京の評価は高い、ということだが、良く読むと、都民の支持率が55%と最低なことや選手村の狭さなど、厳しい指摘もなされている。

そこでこの問題を冷静に精査してみると、どうも東京開催は遠のいてしまった感じがする。最大のライバルはシカゴだ。また南米初のオリンピック開催を目指すブラジルのリオデジャネイロも強敵だ。

日本の都市の中で突出した巨大都市となった「東京」での二度目のオリンピック開催が、果たしてこの時代に見合った企画であったか、甚だ疑問が残る。仮に招致が叶ったとしても、オリンピック特需に沸くのは、施設建設などを請け負うゼネコンなど特定の業種に限られるのではないだろうか。

しかも、このご時世、地方分権、地方の時代と言われながら、地方都市は差し迫る財政危機の真っ直中にある。この地方経済疲弊の時代にあって、また東京だけが、恩恵にあずかるような今回の招致運動がタイミングとして、いかにも間が悪いのである。

そんなことを総合的に勘案すれば、2016年度の東京オリンピック開催は、取り下げることが賢明ではないかと、思うのである。
 

早くもオバマ政権「アフガン問題」でつまずくか

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 9月 2日(水)16時23分7秒
  当初から懸念されていた通り、オバマ政権の平和外交のひとつの例外と見られていたアフガニスタン状勢に明るい兆しが見られない。

形の上では、大統領選挙の実施などがあり、明るい展望を生み出すスケジュールで和平戦術が練られ、実行に移されてきたが、実際にはタリバン兵によるアメリカ軍や国際治安支援部隊(ISAF)を狙ったテロは、日常茶飯事となり、殺傷される兵士の数は、うなぎ登りの状態にある。まさに今アフガンは、泥沼化の様相を呈してきた。

はっきりと言えば、このアフガン介入は、ブッシュ政権の置き土産である。ここにアメリカの国家的意思を背後で規定している軍産複合体の影を私は見る。もしも仮に、この隠然たるパワーを無視し、イラクもアフガンも撤退するとなったなら、バラク・オバマ自身を大統領の椅子から力ずくで退席させるほど事件が起こる可能性すらある。

大統領候補だったオバマは、アメリカの国会意思を踏まえ、ぎりぎりの譲歩で、アフガンへの軍事介入強化を図り、軍産複合体と政治的妥協を図ったのである。

しかしやはりオバマ政権にとって、このアフガンへの介入強化は、自己矛盾だった。オバマの対イラク、対アフガニスタン政策の基本は、ブッシュ政権の外交政策の行き詰まりを正し、平和を作り出す道だった。ところが撤退したイラクではテロの暴力が蔓延し、アフガンでは介入しているアメリカ軍が、標的にされて、国内の治安は、最悪の状況になってしまった。

表向きの国際テロ組織アルカイダの壊滅とアフガニスタンの民主化を早期に目指すという目的に間違いはない。しかしアメリカ型の民主主義を押しつけと取る勢力がソ連邦の軍事介入から、過酷な紛争の中で、ほぼ半世紀を生き抜いてきた勢力が、簡単に矛を収めるはずもなかったというべきだ。

ともかく、アフガニスタン問題は、オバマ政権を揺さぶる最大の火種のひとつであることに変わりはない。オバマ政権が、一期4年で終わるのか、それとも世界の和平の希望の光となって、二期8年に送ることになるのか、早くも正念場を迎えているのかもしれない。
 

日テレの「24時間テレビ」の意味が分からない

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 9月 1日(火)17時00分39秒
  日本テレビの24時間テレビの意味が分からない。

今年は眉に太く墨を入れた何とかという女性タレントを120キロ以上も走らせて、ガンバレガンバレと言う。

挙げ句の果てには、それがさも尊く意味のあるものであるかのように喧伝する、あのマンネリ番組を、総選挙の最中にも、強行するという日テレという局の姿勢が分からない。

タレントを無理をして走らせ、他人の無理を楽しむ如き番組のどこが面白いのだろう。それでも視聴率は良いらしい。こんな番組を続けている限り、マスコミとして民放である日テレの質的な向上など、まったく期待できないというものだ。
 

擬制の民主主義よさようなら エンデの「灰色の男たち」と日本の官僚制度

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 8月30日(日)14時31分43秒
編集済
  今日09年8月30日は、日本の歴史の中でも、時代の大きな転換点として、記憶される日になるだろう。

もちろんそれは、今日の衆議院選挙の結果を予測してのことだ。これによって、長かった自民党の一党支配の歴史に終止符が打たれる可能性がある。

戦後日本には戦勝国アメリカによって、棚ぼた式でアメリカ型の民主主義がもたらされた。しかしこれは、偽物とまでは言えないが、「擬制の民主主義」と言うべきものだった。擬制とは、「みなし」という意味である。あるいは形式的という意味合いもある。しかし今日の選挙結果を境にこの形ばかりの「擬制の民主主義」から、戦後初めて擬制(ぎせい=みなし)の二文字が外れ、機能することになるかもしれない。

日本国憲法には「日本の政治の主体」は、「国民」であると明確に書かれている。しかし国民の誰が、国の主権者は、自分たち国民であると思っている人間がいるだろうか。戦後一貫して、この国の政治的主権は、一部の政治家と政治家を生み出す源泉として機能してきた官僚たちによって、それこそほとんど独占されてきたのが現実だ。

つまり戦後の日本の政治は、形ばかりはアメリカ民主主義を注入されたように見えるが、その内実は、それ以前の旧制度を支配してきたエリート官僚たちが、ミヒャエル・エンデの童話「モモ」に登場する「灰色の男たち」のような存在として、戦後という時間と日本列島という場所を占拠し続けてきたのである。

それが自民党というモンスターのごとき政治集団を支え続けてきたのである。形ばかりの国民主権、主権在民は、いつの時も「幻想のシステム」でしかなかった。だからこれを「擬制の民主主義」と言うのである。挙げ句の果てには、いつの間にか、官僚主義は、日本の文化の基底部にあると言われる家元制度がベースになるかのように「政治家も官僚も世襲化」してしまったのである。

その結果、自民党支配は、小泉政権で限界点に達し、その後は地方の切り捨てと貧困層は固定化し、あらゆる価値観が東京中心で考えられるようになってしまったのである。現在の息の詰まるような社会情勢は、この戦後の「擬制の民主主義」とも言えるマンネリズムの官僚政治体制の中で出来上がったものである。

この「擬制の民主主義」とは、戦後の60数年という長い時間を通じて、一貫して日本の民主主義を幻想の中で縛り、形ばかりの「国民主権」として機能してきた。その本質としての「日本の官僚制度」は、自民党の政治家をも、恒常的に生み出し続ける得体の知れない「仕組み」であった。

そこで「日本の官僚は優秀だ。脱官僚はやり過ぎ、言い過ぎだ」という人がいる。彼は「官僚は生かして活用すべきだ」というのである。このように主張する人たちには、明確にこのように言いたい。

【聖書の「新しい葡萄酒は、あやらしい革袋に」の喩えの通り、官僚制度のおこぼれを頂戴し、戦後、灰色の男として、利益を享受してきた人間には、退席願うことが肝要だ】と。

もちろんここには例外もあるだろう。例えば、明治期、勝海舟や榎本武揚のような徳川の人材が、明治の新政権に登用されたことがある。このような余人を持って代え難い人材の登用は、新政権でも例外的に行うべきである。何故なら、彼らは「灰色の男たち」とは決定的に違い、徳川幕府の人材であった時から、もっと大きな視点から世界を見つめかえし、命を賭けて己を主張してきた人物であった。つまり既存の官僚の登用には厳しい条件がなければならない。そのポイントは、いつも要領よく立ち振る舞って、風を読んでいるような「顔」のない人材「灰色の男たち」は、無用ということである。

ともかく、今日を限りに、戦後日本の擬制の民主主義は、国民の選挙権によって、新しく生まれ変わって、国民自らが望む希望のある社会に転換することを期待するものである。
 

エドワード・ケネディの死に思う

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 8月27日(木)17時07分19秒
編集済
  長谷川さん

書き込み拝見しました。とてもあたたかい励ましと感じ入りました。

今日のニュースで、はっと思ったのは、8月25日のエドワード・ケネディ氏の死去でした。どこの家でも、悲劇的なことは起きます。でも禍福は綾なす縄の如し、と言われるように、悲しいニュースの後には、喜ばしいこともあるものです。

しかしケネディ家のこの半世紀をみていると、悲しい事ばかりがニュースとして起きているように思います。

ケネディ家は、アイルランドからの移民でした。ケネディ家の祖先たちは、豊かな大地を求めて、大西洋を渡り、新大陸アメリカに夢を託しました。苦労の果てに、ビジネスでも成功をおさめ、ケネディ家のジョン、ロバート、エドワードの三兄弟は、エリートとして、最高の教育を受け、政治の道を志しました。(但し、実はケネディ家は4兄弟で、長兄パトリックは第二次大戦中、飛行機事故で亡くなっています。)

戦後兄弟の父ジョセフは、次男ジョンを大統領にするために、本気で奔走したと言われています。お金もだいぶ使ったようです。ケネディ家の富と息子たちの才能と時代が、ケネディ家の三兄弟にスポットライトを浴びせました。

事実ジョンが1962年に、アメリカ大統領になった時には、アメリカ中というよりも、全世界が40代の若い大統領の誕生に熱狂しました。宇宙開発競争も、軍拡競争の流れの中にあったとは言え、全世界を魅了しました。そして予期せぬジョンの暗殺事件が1963年に起き、運命は悲劇に反転し、それが一向に戻らないようになりました。

ジョンの後を継ぎ、大統領を目指していたロバートも暗殺(1968)。そしてエドワードも、自動車事故で、同乗者の女性が水死(1969)し、これでエドワードの大統領出馬への希望は断たれました。

それにしても、これでもか、これでもか、と厳しい運命がケネディ家に襲いかかりました。ジョンの長男ジョン・F・ケネディJrは、アメリカ一でもっともセクシーな男性として、ケネディ家を継ぐ逸材として、将来を嘱望され、アメリカ中の希望となりかけていましたが、飛行機事故で他界(1995)するという辛いニュースもありました。これ以外にも、ケネディ家の子供たちは、偶然では片づけられないほど、事故死が多い。これらすべての事実をエドワードはつぶさに見てきているのです。

いったい、神様は、どれほどの試練を、何のために、ケネディ家に負わせているのでしょう。昨年の大統領選、エドワードは、自らの脳腫瘍という病気をおして、オバマ候補を熱く指示しました。自らの命の終わりを感じながら、それでもアメリカや世界のために、彼は最後の力を振り絞って、オバマ候補を応援したのです。今後、オバマ政権が、どのようになろうとも、エドワード・ケネディ氏の御霊は、政権の行く末を見守っていることでしょう。

悲劇の人、エドワードここに生涯を終える。享年77歳。合掌。
 

ブログアップ

 投稿者:長谷川  投稿日:2009年 8月27日(木)01時53分45秒
  最近、佐藤さまからの書き込みがなくなり、コメントの1ファンとしては、淋しいかぎりです。
世相を切り、解説願えれば、世情に疎い、ボンクラ親爺の教書となります。
引き続きの御投稿楽しみにいたしております。
 

盛岡にて

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 7月15日(水)12時51分48秒
編集済
  岩手の盛岡に来た。写真展開催(7月16日ー20日)のためである。

http://homepage2.nifty.com/oikawashogo/

この度の写真展は、この10年間、平泉周辺の景観の移り変わりを撮影してきたものを展示する予定である。

場所は、「盛久ギャラリー」。かつて旅館だった建物は、がっしりとした造りで、近い将来、この建物が市や県の文化財に指定されるものと思われる。

民芸運動の柳宗悦や版画家の棟方志功、バーナード・リーチが、ここに宿泊したという。ギャラリーには、そのまま、「柳宗悦の間」、「棟方志功の間」というように名が付いている。

盛岡市の中心にあって、お堀や県庁や裁判所もすぐ側にある。文化の香りの紛々とする場所で、岩手の至宝いや日本の至宝とも言える平泉の写真展を開催できるのは、光栄の至りである。

そこで今回は、現在の平泉の景色を見ながら、平泉を創建した藤原清衡公の事績を辿り、特に彼が残した「中尊寺供養願文」と呼ばれる文献を読み解くことによって、平泉創建の謎に迫ってみたい。

7月16日の初日には、「平泉とユネスコ世界遺産」というトークショー(同会場隣のエスポワールで6時よりを開催する予定。

盛岡周辺の人は、是非足を運んでください。
 

(無題)

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 6月26日(金)16時57分55秒
  スペインのセルビアで開催されていた第33回ユネスコ世界遺産委員会において、ドイツのドレスデン郊外にあるエルベ渓谷が世界遺産から抹消されることが決定した。世界遺産委員会は、エルベ渓谷に計画建設中の橋について、文化景観を損ねるとして、この橋の計画変更がなされない場合は、世界遺産から抹消するとの警告を発していた。

ドレスデンは、第二次大戦の連合軍による爆撃によって崩壊した旧市街や教会を、かつての景観を復元したことで知られる街である。しかし今回は、利便を優先した結果、世界遺産委員会は、かねての警告通り、これを世界遺産から除外したものだ。

世界遺産委員会は、文化的景観を守る為には、橋ではなく、トンネルにすべきだという提案をしていた。市側は、トンネルは工事費が嵩むとして、橋の計画を推し進めてきた。一旦世界遺産登録されたものが、抹消されるケースは、オマーンにある自然遺産に次いで2例目となる。

翻って、平泉の平泉バイパスを考えてみる。現在平泉バイパスは、現在も世界遺産候補平泉のコアゾーンである「柳の御所跡」に隣接する東の空間をかすめて北に伸びている。平泉の世界遺産登録のネックがこの過剰な公共事業「平泉バイパス」で、エルベ渓谷の橋と類似性が強く感じられる。芭蕉が「夏草や兵どもが夢の跡」と詠んだ平泉の美しい景観を、ないがしろにして、それをコアゾーンにしているのは、世界遺産も欲しい、利便も大事との発想だ。今回のエルベ渓谷の事例を冷静に検証すれば、平泉にとって柳の御所跡をどのように推薦書に盛り込むのかは、極めて重要な判断となる。
 

北朝鮮の常軌を逸した行動に合わせた「先制攻撃論」はひどく変だ

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 6月 1日(月)17時04分30秒
編集済
  日本の一部政治家や言論人が、北朝鮮の核を弄ぶ危険な行動に触発されたのか、「先制攻撃論」なるようなものを、ヒステリックに叫び始めた。これは第二次大戦の日本人の戦争体験も、憲法論議も一切スルーした突飛な論理で、北朝鮮の思考レベルにすり寄った「危険な空気」という気がする。

ところで、そんな日本のヒステリックな反応とは、裏腹に六カ国協議の当事者で、これまで北朝鮮の立場をかばってきた中国とロシアの国内事情に注目したい。

ひとつは、一国二制度を採用している中国の香港において、天安門事件について、中国政府に対し、この天安門事件を再評価して欲しいとの大規模デモ(八千人参加)が5月31日起こったという。これは中国国内の民主化の程度を探る尺度と考えると、民主化の物語るエピソードと言えるのではあるまいか。二十年前、天安門事件のことを思うと、何か隔世の感がする。

もうひとつ、ロシア(シベリアの町、ミヌシンスクの劇場)でも、ある劇団が、日本軍のシベリア抑留事件を題材にした芝居を上演したそうだ。近々日本でも、上演の計画があるという。このような自国の一種の恥の歴史を掘り起こした劇を、ロシア当局が認めているという点では、中国同様、ロシアでも、かなり民主化が進行していることは確かではないだろうか。

その意味で、このところの北朝鮮の常軌を逸した行動が、余計に目立つのだ。またそれに合わせて、とんでもない発言をする日本人がいることが情けないというか、実に不思議でならないのである。
 

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