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ジョン・レノンにとって、「空」の意味を知るきっかけは、オノ・ヨーコという存在だった。ロック・バンド「ビートルズ」をもって、文字通り信じられないような「商業的成功」をおさめた影で、ジョンの魂は、ホントにこれで良いのか、思いをもっていた。しかし次から次と訪れるに忙殺されていた。コンサートや新しいアルバム作りがそれだ。
ジョンは、後のインタビューでヨーコから人生を教わった、という語ったことがある。二人の出会いのきっかけは、確か、ジョンが、1966年、ロンドンで開催中のヨーコの作品展に訪れた時からだった。ヨーコは、人気絶頂のジョンを、そっけなく扱った。ジョンは、ヨーコの作品を見た。脚立が置いてあり、天上に小さく書いてある字を見るという趣向だ。
本当に奇妙な作品だった。ジョンは脚立を昇り、天上に書いてある小さな字を虫眼鏡で覗く。すると、そこに「YES」と書いてあった。ジョンは考える。「YES」は人の子「イエス」を意味し、また「はい」という単純な意味にも、さらにあなたの考えた通りでいいよ。つまり「YES」という肯定的意味にもなる。ジョンはハッとした。ここである種の「悟り」が生じたのかもしれない。
まさに「人生が「空」であることを薄々感じていたジョンが、ヨーコという前衛アーティストとの出会いによって、はっきりと本質としての「空」を観想することができたのである。
ヨーコとの出会い以降、ジョンにとって、ビートルズは意味のないものとなった。ジョンの変貌振りに、盟友であるポールは、「ゲット・バック」(戻ってこいよ」という意味深長な歌を作って、まるで心変わりをした恋人を追うように、ジョンがビートルズに戻ることを促した。これはまたヨーコへの当てつけでもあった。
ジョンは、まるでそんなポールを相手にしなくなった。その瞬間、ビートルズは、バラバラとなり、その最初のアルバムが「ホワイト・アルバム」と言われる二枚組のアルバムだった。これまで、ビートルズの曲のほとんどは、ジョンとポールの共作がほとんどだったが、このアルバムでは、二人は別々に曲を作り始めた。
発売当初、散漫な曲の寄せ集めとして、評価の低かったアルバムだが、このアルバムこそが、ジョンのビートルズ離れを通じて、ジョンが自らのアイデンティティと一個の人間に回帰しようとして苦闘した最初の取組として、傑作である、というのが、私の評価である。
所詮ジョンの魂は、アイドルグループのようなものに満足する本質をもっていない。ジョンは生来の詩人であり、何よりも自分自身でいなければ、生きていけない感性をもつ反抗的人間だ。
いつもジョンは回りを拒否し、自分になろうとする。一部の若者が「革命」を叫んだ時、彼は「レボリューション」を発表して、「君たちは、革命が必要だというが、破壊には反対だ。」あるいは「毛沢東の写真をもっていて共感される訳がない」と歌った。この歌によって、ジョンは「反革命」あるいは「保守的」だ、と戦闘的な若者たちから揶揄された。一方では、ローリングストーンズのボーカルミック・ジャガーは、「悪魔を哀れむ歌」を歌って、革命派の教祖のような存在になった。
今になって二人の政治的先見性について比較するのは無意味だ。ただジョンの放った暴力革命の非暴力と平和のメッセージが、より現実的な取組として世界中で評価されていることを否定することはできない。
これはジョンが、ヨーコの問いである「YES」の文字によって、世界が「空」であることを覚り、その上でさまざまに起こる歴史の流れを「空相」と読み、「イマジン」という歌によって、「世界中の人々が平和に暮らす姿を想像してみよう」という禅者のように問いかけたのである。ジョンはメージ(想像力)の力によって、世界に変化をもたらすことができるかもしれない。そのように確信し、このイマジンという達観した歌が生まれたのだと解釈する。
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