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擬制の民主主義よさようなら エンデの「灰色の男たち」と日本の官僚制度

 投稿者:佐藤  投稿日:2009年 8月30日(日)14時31分43秒
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  今日09年8月30日は、日本の歴史の中でも、時代の大きな転換点として、記憶される日になるだろう。

もちろんそれは、今日の衆議院選挙の結果を予測してのことだ。これによって、長かった自民党の一党支配の歴史に終止符が打たれる可能性がある。

戦後日本には戦勝国アメリカによって、棚ぼた式でアメリカ型の民主主義がもたらされた。しかしこれは、偽物とまでは言えないが、「擬制の民主主義」と言うべきものだった。擬制とは、「みなし」という意味である。あるいは形式的という意味合いもある。しかし今日の選挙結果を境にこの形ばかりの「擬制の民主主義」から、戦後初めて擬制(ぎせい=みなし)の二文字が外れ、機能することになるかもしれない。

日本国憲法には「日本の政治の主体」は、「国民」であると明確に書かれている。しかし国民の誰が、国の主権者は、自分たち国民であると思っている人間がいるだろうか。戦後一貫して、この国の政治的主権は、一部の政治家と政治家を生み出す源泉として機能してきた官僚たちによって、それこそほとんど独占されてきたのが現実だ。

つまり戦後の日本の政治は、形ばかりはアメリカ民主主義を注入されたように見えるが、その内実は、それ以前の旧制度を支配してきたエリート官僚たちが、ミヒャエル・エンデの童話「モモ」に登場する「灰色の男たち」のような存在として、戦後という時間と日本列島という場所を占拠し続けてきたのである。

それが自民党というモンスターのごとき政治集団を支え続けてきたのである。形ばかりの国民主権、主権在民は、いつの時も「幻想のシステム」でしかなかった。だからこれを「擬制の民主主義」と言うのである。挙げ句の果てには、いつの間にか、官僚主義は、日本の文化の基底部にあると言われる家元制度がベースになるかのように「政治家も官僚も世襲化」してしまったのである。

その結果、自民党支配は、小泉政権で限界点に達し、その後は地方の切り捨てと貧困層は固定化し、あらゆる価値観が東京中心で考えられるようになってしまったのである。現在の息の詰まるような社会情勢は、この戦後の「擬制の民主主義」とも言えるマンネリズムの官僚政治体制の中で出来上がったものである。

この「擬制の民主主義」とは、戦後の60数年という長い時間を通じて、一貫して日本の民主主義を幻想の中で縛り、形ばかりの「国民主権」として機能してきた。その本質としての「日本の官僚制度」は、自民党の政治家をも、恒常的に生み出し続ける得体の知れない「仕組み」であった。

そこで「日本の官僚は優秀だ。脱官僚はやり過ぎ、言い過ぎだ」という人がいる。彼は「官僚は生かして活用すべきだ」というのである。このように主張する人たちには、明確にこのように言いたい。

【聖書の「新しい葡萄酒は、あやらしい革袋に」の喩えの通り、官僚制度のおこぼれを頂戴し、戦後、灰色の男として、利益を享受してきた人間には、退席願うことが肝要だ】と。

もちろんここには例外もあるだろう。例えば、明治期、勝海舟や榎本武揚のような徳川の人材が、明治の新政権に登用されたことがある。このような余人を持って代え難い人材の登用は、新政権でも例外的に行うべきである。何故なら、彼らは「灰色の男たち」とは決定的に違い、徳川幕府の人材であった時から、もっと大きな視点から世界を見つめかえし、命を賭けて己を主張してきた人物であった。つまり既存の官僚の登用には厳しい条件がなければならない。そのポイントは、いつも要領よく立ち振る舞って、風を読んでいるような「顔」のない人材「灰色の男たち」は、無用ということである。

ともかく、今日を限りに、戦後日本の擬制の民主主義は、国民の選挙権によって、新しく生まれ変わって、国民自らが望む希望のある社会に転換することを期待するものである。
 
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