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3月27日、「西松建設献金疑惑事件」に端を発した「小沢代表辞任世論」は、台風並みに吹き荒れるまでになった。そのように私が感じたのは、理由がある。どのテレビを見ても、キャスターや司会者の目が、小沢代表辞任の話になると、怖いほど三角になって怒って見えるのだ。
要するに理屈の次元を越えて「熱狂のレベル」に達しているように見える。
何故、検察の政治的意図がどうでもよくなり「小沢代表辞任」だけが、正しい選択であるかのように、報道されてしまうのか。
正直な感想で言えば、この3週間ばかり(3月3日→24日)で、完全に世論は固まってしまった。これで今年の総選挙による「政権交代」は、ほとんど絶望的になったと思う。
山口二郎氏が、今月の岩波新書新刊として「政権交代」という本を上梓した。政権交代間近と言われる日本政界にあって、政権交代を総合的に論じたタイムリーな本だ。
この中に「日本の自民党とイタリアのキリスト教民主党は、冷戦構造をい前提とした万年与党であった。・・・自民党政権の政策に国民がそれなりに満足し、政権を支持したことも長期政権が可能になった大きな理由である。」(第4章なぜ日本に政権交代がないのか 119頁)と指摘している。
自民党を、冷戦構造を前提とした万年与党とする指摘が面白い。つまりこれは、社会主義や共産主義を危険な考え方として危機を煽り、それに対抗する自由主義陣営の国「日本」という建前で与党して自民党が長い間与党として君臨してきたということである。
そこで小沢一郎らが自民党から飛び出して、1993年細川連立政権が、自民党政権を倒して誕生したが、すぐに頓挫してしまう。この下野で学んだ自民党は、権力を降りた時の反省に立って政権の座に、何が何でもしがみつく性格の党になった。このことを山口氏は「自民党という政党は権力という接着剤がなければ、簡単に瓦解するものいもの」(前掲138頁)ということを学び取ったと表現している。もっと言えば、権力を死守すめには何でのするという体質が形成されているということだ。まあ、政治姿勢の違う公明党との連立は、その典型だろう。その意味では、自民党に限らず、政党というものは、権力という接着剤によって、どうにでも動く代物かもしれない。
しかしそれがソ連邦の崩壊で崩れ、世界はアメリカ一極の構造になった。この構造になった時に、自民党は万年政権の存在意義を失いかけたのだが、小泉純一郎という政治家が首相になることで、以前より緊密な日米関係を国民の前に見せることで、生きながらえてきたのである。
この著「政権交代」の第五章(民主党は政権を担えるか)で、民主党のマニフェストの分析た代表小沢一郎のことが詳しく書かれている。どちらかと言えば、リベラルな思考を持つ山口氏だけに、手厳しい小沢評かと思えば、小沢との対談を掲載するなど、意外にシンパシーを感じているだ。一部憲法と防衛談議には、懸念をもっているものの、概ね山口氏は政権交代後に民主党小沢政権を容認するような評価に読めた。
山口二郎氏が、一連の西松建設献金疑惑事件後の政権交代の行方と小沢一郎辞任について、どのような考えを持つに至っているかは不明だが、民主党シンパと思われていた学者知識人も、明確な態度表明をする時期に来たようである。
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