|
|
3月3日、突如として起こった西松建設をめぐる小沢一郎民主党代表公設秘書逮捕事件以降、日本中を流言飛語が飛び交った。
ある人は、やはり「小沢一郎は金権政治家だった」と言い放ち、いや「民主党のイメージダウンを狙った典型的な国策捜査だ」と怒りを露わにした。
それから3週間が経った。そして3月24日、日本中の世論を二分した「巨額献金事件」は、小沢秘書政治資金規正法容疑での起訴で、一区切りをみた。
小沢代表は、24日夜、民主党本部で、記者会見を行い、国民、党員、支持者などに、事件について謝罪の弁を述べた上で、あくまでも政権交代を念頭に置いて、続投の意思を明確にした。
さて、この記者会見を見ながら、小沢一郎という人間の中に、新しい人格を見たような気がした。彼は明らかに自分の感情の高ぶりを押さえ、「政権交代」という一点の政治的目標の前に、どんな恥辱も堪えて行こうとの思いが見え隠れしていた。
昨年の大連立についても、小沢一郎という政治家と民主党を分断しようとのトラップだったが、今回も明らかに、小沢失脚への並々ならぬ権謀術数があったと私はみる。その時も、小沢氏は「私も変わらなければ」と一言付け加えたが、今回は自分のプライドなど、日本政治の刷新のためには、いかほどのこともないという腹の括りが見え隠れしていた。
あの豪腕の小沢一郎が、涙を見せるなど誰が思っただろう。これまでの小沢氏ならば、3月3日直後の役員会の席で、「それほど自分が信用できなければ代表など降りる。未練はない」と言って、民主党を割って出ていた可能性がある。しかし彼は盟友である鳩山由起夫幹事長の思いを汲んで、国民に対する説明責任を誠実に果たそうと努めた。
一方では、多くの識者から「何でこの時期に、このような捜査が行われたのか」という問いかけがあったが、それ以上、連日垂れ流される特捜からと思われるリークが功を奏し、政治家としての小沢一郎のイメージは地に落ちるのかと思われた。
また、これまで燻(くすぶ)っていた反小沢議員たちからは、もはや小沢一郎が代表では選挙は戦えないとの声も上がる。マスコミもこの動きに火をつけるように、世論調査の結果などを、流し小沢退陣は、必然の流れであるかのような報道をするようになった。
つづく
|
|