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源義経公を通じて人生の何たるかを探る掲示板
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「
永訣の月
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村山直儀 作
「
腰越状
」
岩下浩 朗読
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被災地支援コンサートの渡辺和美さんよりのメッセージ
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年11月13日(金)11時51分12秒
被災地支援コンサート「もう一度 緑の風に 心の復興コンサート」を11月22日(日)に控えたコンサートの綜合プロデューサー渡辺和美さんよりメールいただきました。チケット前売りも順調で、残りわずかとのことでした。見たい方は、早めにチケットを予約された方が良いと思います。
またメールには、11月2日に、渡辺さんは、栗原市佐藤勇市長に、CDの純益(62.720円)とCD製作チームからの寄付(25.440円)を「栗駒山麓の自然環境と資源を守り、保護、再生する事業のために」と寄付されたそうです。渡辺さんの温かい善意に心より感謝します。
記
日時 2009年11月22日(日)午後1時開演(午後12時半開場)
会場 一迫ふれあいホール
栗原市一迫真坂字高橋20-1 (0228-52-5255)
チケット 一般 前売り2000円/当日2500円(全席自由)
出演 深川和美 (ソプラノ) 谷川賢作 (ピアノ)
賛助出演 佐藤玲子(語り部)
舞台協力 白鶯窯 河田勉成
予定曲目童謡メドレー
小さな空
鉄腕アトム
その時歴史が動いたテーマ曲 etc.
主催 『もう一度 緑の風に』コンサート実行委員会
問い合わせ 事務局
Tel&Fax 050-1177-5282
eメール onemore.green@gmail.com
※チケット申し込みはファックス又はメールで
ジョンの「悟り」推考
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年10月19日(月)17時00分33秒
編集済
ジョン・レノンにとって、「空」の意味を知るきっかけは、オノ・ヨーコという存在だった。ロック・バンド「ビートルズ」をもって、文字通り信じられないような「商業的成功」をおさめた影で、ジョンの魂は、ホントにこれで良いのか、思いをもっていた。しかし次から次と訪れるに忙殺されていた。コンサートや新しいアルバム作りがそれだ。
ジョンは、後のインタビューでヨーコから人生を教わった、という語ったことがある。二人の出会いのきっかけは、確か、ジョンが、1966年、ロンドンで開催中のヨーコの作品展に訪れた時からだった。ヨーコは、人気絶頂のジョンを、そっけなく扱った。ジョンは、ヨーコの作品を見た。脚立が置いてあり、天上に小さく書いてある字を見るという趣向だ。
本当に奇妙な作品だった。ジョンは脚立を昇り、天上に書いてある小さな字を虫眼鏡で覗く。すると、そこに「YES」と書いてあった。ジョンは考える。「YES」は人の子「イエス」を意味し、また「はい」という単純な意味にも、さらにあなたの考えた通りでいいよ。つまり「YES」という肯定的意味にもなる。ジョンはハッとした。ここである種の「悟り」が生じたのかもしれない。
まさに「人生が「空」であることを薄々感じていたジョンが、ヨーコという前衛アーティストとの出会いによって、はっきりと本質としての「空」を観想することができたのである。
ヨーコとの出会い以降、ジョンにとって、ビートルズは意味のないものとなった。ジョンの変貌振りに、盟友であるポールは、「ゲット・バック」(戻ってこいよ」という意味深長な歌を作って、まるで心変わりをした恋人を追うように、ジョンがビートルズに戻ることを促した。これはまたヨーコへの当てつけでもあった。
ジョンは、まるでそんなポールを相手にしなくなった。その瞬間、ビートルズは、バラバラとなり、その最初のアルバムが「ホワイト・アルバム」と言われる二枚組のアルバムだった。これまで、ビートルズの曲のほとんどは、ジョンとポールの共作がほとんどだったが、このアルバムでは、二人は別々に曲を作り始めた。
発売当初、散漫な曲の寄せ集めとして、評価の低かったアルバムだが、このアルバムこそが、ジョンのビートルズ離れを通じて、ジョンが自らのアイデンティティと一個の人間に回帰しようとして苦闘した最初の取組として、傑作である、というのが、私の評価である。
所詮ジョンの魂は、アイドルグループのようなものに満足する本質をもっていない。ジョンは生来の詩人であり、何よりも自分自身でいなければ、生きていけない感性をもつ反抗的人間だ。
いつもジョンは回りを拒否し、自分になろうとする。一部の若者が「革命」を叫んだ時、彼は「レボリューション」を発表して、「君たちは、革命が必要だというが、破壊には反対だ。」あるいは「毛沢東の写真をもっていて共感される訳がない」と歌った。この歌によって、ジョンは「反革命」あるいは「保守的」だ、と戦闘的な若者たちから揶揄された。一方では、ローリングストーンズのボーカルミック・ジャガーは、「悪魔を哀れむ歌」を歌って、革命派の教祖のような存在になった。
今になって二人の政治的先見性について比較するのは無意味だ。ただジョンの放った暴力革命の非暴力と平和のメッセージが、より現実的な取組として世界中で評価されていることを否定することはできない。
これはジョンが、ヨーコの問いである「YES」の文字によって、世界が「空」であることを覚り、その上でさまざまに起こる歴史の流れを「空相」と読み、「イマジン」という歌によって、「世界中の人々が平和に暮らす姿を想像してみよう」という禅者のように問いかけたのである。ジョンはメージ(想像力)の力によって、世界に変化をもたらすことができるかもしれない。そのように確信し、このイマジンという達観した歌が生まれたのだと解釈する。
台風18号に遭って天の邪鬼の意味を知る
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年10月 8日(木)16時57分43秒
編集済
久々大型台風一八号が、日本列島を串刺し状態で縦断している。
普通、列島にぶつかるところで、勢力が弱まるのが台風というものだが、海水温が高いために、一向に収まる気配がない。
いや、それにしても凄い風だった。ニュースで見る台風レポートのアナウンサーを大げさだろう、と思っていたが、彼らの気持ちがよく分かった。
こんな台風の中でも、飛行機が飛ぶという。この中を、飛行機でどこかに行こうとする人がいることがどうしてもふしぎだ。
どんな用事があっても、このような嵐の時には、私は「オイライチヌケタ」と言いたいものだ。
人によっては、止めておけ、と言われると意地になって、嵐に向かおうとする人がいるものだ。
こういう者を、古来よりわが国では「天の邪鬼」(あまのじゃく)という。早い話が小さな鬼っ子である。寺にある大きな仁王の足に踏まれた小鬼の像が見られる。自然という仁王に逆らって「天の邪鬼」になるという話は面白い。
鳩山首相のネクタイセンスと「東京」五輪落選
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年10月 3日(土)13時39分29秒
編集済
2016年度のオリンピック招致で、大方の予想通り、東京はシカゴの次に早々と落選と決まった。
日本以上に情けなかったのが、シカゴだった。オバマ夫妻もIOC総会会場(デンマークコペンハーゲン)に来て、得意の演説でシカゴに票が動くかもしれない、とワクワクした。
ところが、オバマ大統領のスピーチは、驚くほど凡庸でつまらないものだった。「シカゴに投票してください。アメリカは皆さんを後悔させません」という極めて短いもの。「なんだこれは」と、失望のあまり腰砕けになった。到底IOCの委員の心を動かすことはできなかった。
さてわが日本の鳩山首相だが、英語でのスピーチは、ともかく彼のトレードマークである「ネクタイのセンス」がとても気になった。
国連演説から、ずっと同じタイプの金のストライプのネクタイをしているではないか。大げさに添えている金のチーフ共々、「どんなファッションセンスしてるんだ」と思った。
これまで鳩山さんの「ネクタイのセンス」は、良し悪しは別に、ずっと面白い、ユニーク、と思ってきた。ところが、このところ、国連演説、日本に帰っても、また今回オリンピック委員会の会場でも、ずっと金のストライブばかり巻いている。金メダルに金のネクタイは、俳句で言う「付きすぎ」。ファッションセンスが感じられない。
その原因は、幸夫人の多忙で、注意がネクタイまで届かないのだろう。以前から、鳩山さんは、服やネクタイには興味がなく、すべて幸夫人まかせということだ。
野党の党首である時は、「ネクタイのセンスが面白い」で良かった。それ以上詮索する必要もなかった。でも一国の総理のネクタイとなれば別だ。国際的なファッションセンスが要求される。それが、テレビを観た3回とも同じタイプ(?!)の金ストライプでは、発想力が萎えてしまう。ここはやはりスタイリストを付けるべきだろう。
もっと心配なのが、国内政治の行方だ。大臣に任せきりになっている嫌いがある。予算も作れない状況が起きてくる可能性がある。国債発行で補うつもりか。国会開会はいつになるのか。また「モラトリアム」や「円高容認」など一部大臣の発言が、株価を押し下げる原因にもなっている。株価が二番底をつける心配も現実味を帯びてきた。
以上、鳩山首相の「ネクタイのセンス」に象徴されているものは、忙しさにかまけて、身の回りに見えなくなっていることだ。夫人も忙しいならば、それなりの対処があるはずだ。その意味では、ネクタイ選びも夫人任せではなく、自分の意思をいれるか、さもなくば専門家で国際的センスのあるスタイリストを付けることも選択肢に入れてもよいのではないか。
平泉三部作の原典のこと
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 9月24日(木)21時55分43秒
佐藤守さま
相原友直翁「平泉三部作」の原典は、総目次に掲載しております。
http://www.st.rim.or.jp/~success/sanbu_index.htm#mokuji
参考にしてください。平泉町の旧郷土館(文化センター)で、販売していると思います。在庫も少ないと思いますが、大きな図書館であれば、置いているとおもいます。今後ともどうぞよろしくお願いします。
佐藤弘弥
平泉実記
投稿者:
佐藤守
投稿日:2009年 9月24日(木)20時51分15秒
すばらしいホームページで参考にしています。平泉実記が載っていますが、出典は何によったのでしょうか。本を探しても見つからないので教えてください。
亀井新金融相のモラトリアム政策の危険
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 9月17日(木)16時55分15秒
国民新党の亀井金融相が、就任早々、中小企業への支援策として、三年程度の支払い猶予(モラトリアム)策を提案し、早速これを法案化すると語った。
これも、一見弱者である中小企業を応援する策のように見えるが、市場への介入であり、経済学で言う「逆選択」の状況が発生する危険がある。簡単に言えば、支援しようと思ってモラトリアムを実施するわけだが、これが逆に、借入可能な中小企業が、モラトリアム政策により、銀行における貸出リスクが上昇して、貸して貰えなくなる危険がある。
市場原理だけを頑なに言うのはもちろん危険だが、逆選択によって、健全な中小企業に資金が回らなくなるリスクが高まるということを、民主党鳩山政権閣僚は、念頭において、政策判断をして貰いたいものだ。
モラトリアム策は、これをすべてポピュリズムというつもりはないが、経済学の理論が歴史の経験によって割り出されていることを知るべきである。
イチローの九年連続二百安打の新記録と「千日回峰行」
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 9月14日(月)16時03分7秒
09年9月13日(日本時間14日午前)、イチローが難産の末、ともかく9年連続200本安打の偉業を達成した。このところ、流石のイチローも、今年最大の目標と自ら公言してきた200本安打を前に、珍しく打ち損じなどで、200本の達成は、遅れていた。この二週間で、三割六分台だった打率も三割五分台まで急落していた。
これはやはり、目標を目前にした重圧のためと考えるのが自然かもしれない。これまでも、03年などには、後半息切れ寸前となり、吐き気を催すなどの状況になったと語ったことがある。
産みの苦しみは、イチローにもあるということだ。最近のイチローの表情を見ながら、なぜか、千日回峰行を二度達成した超人酒井雄哉(さかいゆうさい)師のことを思った。
千日回峰行は、七年をかけた恐るべき難行だ。
最初の三年間は、比叡山の山中を夜未明に出発して約40キロを各百日間巡礼する。四年目、五年目には、二百日間巡礼。これで合計七百日間の回峰行を行う。
ここからが大変になる。七百日間の回峰行の後には、「堂入り」という修行が待ち受けている。これは御堂に籠もって、九日間、眠りもせず、横にならず、食と水を断って、不動明王と一体になる荒行である。まさに命がけの修行だが、これを終わって、お水取りという儀式になるのを、堂の回りにいる信徒たちが、合掌をしながら、生き仏となった修行者を拝むのである。これは無事に、修行を満行した修行者が、天秤棒を担いで水を汲みに御堂を出てくる儀式である。しかもこの堂入り以前は、自分のための修行であるが、これ以降は、世の中の衆生(しゅじょう)を救うという他者のための修行(利他行)ということになる。
私はどこか、イチローの最近の姿が、不動明王という訳ではないが、千日回峰業のお水取りの儀式の修行者の表情に見えてしまった。酒井師の修行の模様が、NHKのドキュメンタリーにあったが、頬はこけ、足もとはふらふらではあるが、目の奥だけが爛々と光っているのであった。考えてみれば、イチローは自らの体力と才知のすべてを、この200本安打達成の一点に集中してきた。
千日回峰行は、六年目になると、さらに厳しくなる。回峰行の行程が、比叡山から京都市内にまで伸びるので、距離が四十キロから六十キロになる。更に七年目では八十キロを有に越える行程に伸びて百日、最後の百日は、比叡山中三十キロの行程となる。これで七年間、合計で千日回峰行が満行となる。
イチローが、行ってきた九年連続二百安打の価値は、確かに千日回峰行に勝るとも劣らない、凄まじい自己研鑽の過程であったと言えるのではないだろうか。ただ大リーグでも、百年間破られなかったという八年連続200本の記録を九年に伸ばしたイチローの表情の奥には、特別な達成感はないような気がする。おそらく達成した瞬間、自分なりにほっとするものが感じたであろうが、次の高い目標が脳裏に浮かんだのではないだろうか。
やはり勝たせ過ぎ?1 鳩山民主党代表に進言する
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 9月10日(木)07時42分32秒
編集済
この数日間の民主党代表鳩山由紀夫氏の言動に対し苦言を呈したい。
まず第一に、NYタイムズに自らの英文論文を早々に発表したこと、第二に、社民党の強行な主張に押し切られる形で、三党合意をしたこと、第三、「2020年の排出量を25%削減」を表明したこと、などである。
まず第一の問題だが、論文は、舌足らずであり、米国との関係を見直すとの誤解を生む安易なものであったことだ。まずは、オバマ大統領との個人的な関係を築いてからでも、遅くはなかった。非常に短絡的、拙速、安易、さを感じる。
第二の問題は、何のために政権を作るのか、ということを考えると、少し左に偏り過ぎの党是をもつ社民を取り込むことは、政権の政策的混乱と停滞を生む種を自らで蒔いたようなものだ。
第三の問題は、鳩山氏の個人の持論の表明に過ぎない。このような時点で、詳細の説明もなく、党内の合意もないまま、いきなり自説を発表をすることは、やはり選挙結果で舞い上がっての、先走りと取られても、仕方ないであろう。
以上の三点を見るだけでも、鳩山政権の船出は、危ういとしか言いようがない。全体を評価するならば、新鮮味を上回る拙速的言動など、到底及第点を与えられるようなものではない。
この点では、有権者国民の選挙行動は、民主党代表鳩山氏の増長を生んだということで、やはり民主党を勝たせすぎたということになる。民主主義の本質は、やはりバランス感覚であり、有権者として私たち個々人が反省すべきことでもある。
ともかく、有権者のひとりとして、鳩山氏には、国際的にも国内的にも、誤解を産みやすい拙速の言動は慎むべきであることを、進言したい。
社民党は新政権に参加すべきでない
投稿者:
佐藤
投稿日:2009年 9月10日(木)06時51分18秒
09年8月30日の衆議院選挙は、百年に一度と呼ばれる世界的な経済危機の最中に行われた。国民の多くは、社会全体が息の詰まるような生活全般の不安から何とか抜け出したいの思いで一票を投じた。その結果、選挙戦は、民主党の圧勝に終わった。これにより、民主党が掲げた「政権交代」があっさりと実現した。
まさに国民生活を蔑ろにしてきた現政権への怒りが、津波のような勢いで、自公政権を政権の座から引きづり降ろした格好だ。言ってみれば、今回の総選挙は、主権者である国民が、自公長期政権へ「政権から退場せよ」との厳しい裁定を下したということになる。
新しく誕生する民主党政権は、国民の期待と希望を乗せた船に喩えられる。ところが、その希望の船だが、そののっけから蛇行を始めたように映る。三党連立協議(民主党、社民党、国民新党)の難航のことだ。問題は、民主党と社民党の外交、防衛政策のくい違にある。このことについて、一言申し上げたい。
まず最初に言いたいことは、社民党という存在に対し、有権者の多くは、民主党が仮に国民の意識から離れた時の暴走を押さえる役割を期待しているのであって、それ以上、民主党政権の中心的役割を担うような存在として期待しているのではない。今回の総選挙の社民党への投票結果を素直に読めば、そのことは自明であろう。
しかも、社民党が、連立政権に参加することは、前政権の公明党のように、政権与党に入ることで、自らの存在意義を失いかねない危険性がある。
特に外交政策、防衛政策では、民主党との考え方の違いは鮮明である。政権に入れば、どうしても政治的妥協が必要となり、社民党の党是を封印することが重なってしまう。まさに公明党がそうであったように、政権にしがみつくことで、有権者が期待する存在としての政治活動ができなくなってくるだろう。
一方民主党政権にとっても、これはリスキーな選択だ。この背景には、当然、参議院での数の論理がある。民主党にとって、参議院では社民党の数の助けがいる。来年の参院選で、民主党が単独で参議院の過半数を獲得するまでは、社民党を無碍(むげ)に袖にすることはできないのであろう。
民主党政権にとって、政治を生活者である国民の目線に立ったものに大転換するという大目標がある。社民党もこの方針には異存ないところだろう。しかし民主と社民には、防衛政策において、決定的な違いがあり、これを棚上げにして、同じ政権に存在することは、事あるごとに政治的停滞を招きかねない危険がつきまとう。そしてこれは、新政権が、有権者が期待する政策を実行しようとする時の障害にもなりかねない。
だとしたら、社民には、政権に入らないという選択肢も視野に置くべきではないか。共産党やみんなの党は、与党民主党には入らず、是々非々のスタンスを取るという。政権に入らずとも、より有権者国民の側に立つ政治行動があることを社民党幹部には知ってもらいたいものだ。
以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。
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