カナダへの手紙
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日本からの手紙
投稿者:
kiyo
投稿日:2003年 1月12日(日)21時56分59秒
今日、30歳の誕生日を、日本で両親と共に過ごしています。4年ぶりの日本の冬、やっぱりいいですねぇ。とある温泉でのんびりとしています。
「オーストラリアからの手紙」シリーズはまた、後日アップします。
渡り鳥さん、以前の書き込みありがとうございます。確か、何も返事書かなかったような?ごめんなさい!クリスにヨロシクお伝えください。もし彼の連絡先が分かれば教えて下さい。ビッグホワイトには近々戻る予定ですが、ビザが取れないことには戻れないのでいつ戻るかは?ですが、戻る際にクリスと連絡がつけばいろいろと頼みたいことがあります。
Junさん、書き込みあがとう。私はビザの事に関してはいつも確実に処理して危ない橋を渡ったことはありません。ワーホリ終了後はもちろん観光ビザにきちんと変えています。「WWOOF」ウーフ、というのをご存知ですか?4時間程度の労働と引き換えにアコモと食事などを提供してもらう、というものがカナダやオーストラリアではポピュラーで、私もそのシステムのもと、労働していました。このプログラムの場合、金銭は受け取らないのでどんなビザの種類でもOKです。興味があればWWOOFの事務所にコンタクトを取ってみてください。
カナダでの就労ビザが下り次第、カナダに飛びます。つかの間の日本での滞在、毎日パソコン接続できるという天国のような環境にいます!みなさまのひさびさのカキコ、お待ちしています。
今年もよろしくお願い致します。
きよ
久しぶりにメールします。
投稿者:
渡り鳥
投稿日:2003年 1月12日(日)16時42分30秒
きよさん、お久しぶりです。
覚えていますでしょうか?
ケロウナの”渡り鳥”です。
以前に一度、ビッグ・ホワイトの件でカキコしました。
さて、今回は、ビッグ・ホワイトでスキー・パトロールをしているクリスさんが、
私の勤める店(ジャパレス)に来て、話しをしているうちにあなたの名前が出たのです。
彼が、”よろしく”と言っていました。
今夜のケロウナは、この冬3度目の雪が降っています。
でも、この冬はほとんど雪が降っていません。
はじめまして
投稿者:
jun
投稿日:2003年 1月12日(日)12時51分32秒
HP見させてもらいひとつ教えて欲しい事があるのでカキコしました。
ワーホリの期限切れのあとユースでお仕事・・とありますが、どのような
方法なんでしょう?もしかしてノービザ??もし違法でなければ教えて頂き
たいのですが・・よろしくお願いします。来月からカナダ入りします。
パースからの手紙1
投稿者:
きよ
投稿日:2002年10月 9日(水)20時56分0秒
「世界で一番美しく、住みやすい街。」おや?同じフレーズを確かバンクーバーでも聞いたことがあったなぁ。ま、とにかくパースは住みやすく、美しい街である。パースの町はバンクーバーに比べると、もっともっとこじんまりとしていて、田舎で平和である。それは同時に「仕事が少ない」ことを意味しているのだが、都会人ではない私にとってはなんとも居心地の良い町である。
9月1日にこの街に到着し、9月1日発行のパース日本語新聞を購入した。そこには求人情報があり、HISがガイド募集を行っていた。パースには非常に旅行社が少なく、またこういった大手の旅行社はワーホリを使う事はまれで、こうして新聞に求人が載ったのも始めてのことだそうだ。少なくともカナダを含め、他の街では旅行社やガイドで働こうという気分は全く起こらなかった。なぜなら、私は「ツアー」が嫌いであり、また今の私はそれに参加している人たちのことを、「ヘ。ツーリストめ。」と軽蔑している節があるからである。時間がなくお金のある日本人、ツアーの意味も理解できるし、私もまた、かつてはこういったツアーを利用していた。しかし、これを読んでくださっている方なら分かっていただけると思うが、今の私にとっての旅行の興味はお金をかけて観光地巡りをすることではない。そんな私が日系旅行社でも働きたい、そう思わせるくらい、この街は居心地が良い。
オーストラリアからの手紙6−3
投稿者:
きよ
投稿日:2002年10月 9日(水)20時55分11秒
●ケアンズからダーウィンへ●
バスツアーには総勢21人の世界各国からの若者たちが参加していた。5日間、ただ何
もない平原を延々とバスで走り続けたが、道中、いろんなゲームをしたり、バーベ
キューをしたりと大いに楽しんだ旅行であった。今回の旅行ではオランダ人のサシャ
と良い友達になった。ダーウィン到着後、このツアーで知り合った人たちと共に車を
借り、カカドゥ・リッチフィールド自然公園へ3日間でかけた後、サシャと共に2週
間を北の果て、真夏のダーウィンで過ごした。ダーウィンのホステルに到着した日、
受付で偶然にフレーザー島を一緒に旅行したワカハゲ・ジョンとジェリーを再び発見
!ケアンズでは結局連絡がつかず残念に思っていたのに。ジョンになぜ、ケアンズで
なぜをくれなかったのか聞くと、彼が気づいたときにはオレンジしかなく、メモなど
なかったという。オレンジは神様からのプレゼントだと思い、ありがたく食した、と
の
ことであった。他の2人について聞いてみると、他の2人はケアンズで脱落、シド
ニーに戻ったという。私は旅を始めてから余りにも多くの仲間割れを見てきた。現
に、今この2人、ジョンとジェリーの雲行きも怪しくなってきており、ジェリーはこ
とあるごとに、飲んだくれのジョンの悪口を私に話していた。2人のことが大好きな
私にとって、これはとても悲しいことであると同時に、やはり私は一人旅を続けるほ
うが気楽だな、と改めて思った。
さて。ダーウィンにたどり着いてしまった。この街には仕事などないし、こんな暑い
ところで働く気はない。さて、どうするか?私はとても西海岸を、またバックパック
を担いで旅行してみたかったが、ツアーに参加するとなると最低20万円ほどはか
かってしまう。それに、これ以上、お金と時間をここで費やしていいものなのか?と
いう疑問も(一応)あった。それに引き換え、飛行機でダーウィンからパースに飛ぶ
と、たった2時間、約2万円で済むのである。(みなさん、国内外を問わず、国内線
の飛行機チケットを買う際は、各航空会社のインターネットをチェックしましょう。
チケットレスの場合、驚くほど安いチケットが出回っています。)地を這って旅行す
ることが私のモットーであったが、今回は飛行機で飛ぶことにした。
ジョンとジェリーとの別れ。「一緒に車でエアーズロック経由でアデレイド、メルボ
ルンを旅行しないか?」と誘われていたが断った。彼らとの旅行は楽しいものである
のは分かっていたが、私はパースへ行きたかった。(後日、彼らからe-mailが届き、
車がエアーズロックへの道中で故障、結局車を捨て、バスでアデレイドへ移動したそ
う。車の故障に関して「新しいバッテリーを買おう」と言ったジェリー、しかし車に
お金を費やしたくないジョン、致命的な仲間割れをしたようだ)彼らもまた、最終的
にはシドニーへと戻ってゆく。そしてサシャもシドニーへと旅立った。シドニーでキ
ヨつながりのバックパッカーたちがカラオケボックスへ行く日も近いだろう。
6−2
投稿者:
きよ
投稿日:2002年10月 9日(水)20時53分50秒
さて、これからどうするか?街中でケアンズから北の果て、ダーウィンへ行く5日間
のバスツアーを見つけてしまった。え?働きにオーストラリアへ来たんじゃないの
かって?うーん。もうこうなればほぼヤケクソ状態でやれるとこまでやってやる!と
いう感じである。普通の人はケアンズからダーウィンへは飛行機を使う。何も無いと
ころだし、飛行機のほうがよっぽど安くつくのである。でも、私は何もない大地をひ
たすら地を這って旅行してみたかった。カナダからアラスカへ旅行したとき、何もな
い平原に一本だけ延々と続く道をドライブしたことは私にとって今でも忘れがたい経
験である。とにかくこのバスツアーを申し込んだが、ケアンズで2週間待たなければ
ならないことになった。幸いにも同じ宿にティムとタイガーがいたので、夜に若い衆
(?)がバーにこぞって出掛けていくのを見送った後、年長組はホステルのデッキで
のんびりと平和に茶飲み話に花を咲かせた。それと同時に旅行中に知り合った友人た
ちも続々と、ゴールであるここケアンズに到着、偶然の再会を楽しんでいた。
ある日、街中の海沿いの道を歩いていると、芝生の上に「行き倒れ」のおっさんを見
かけた。うわ、酔っ払いや、っとそれを避けて通り過ぎた後、ふと「あれ?」っと
思った。このおっさん、一緒にフレーザー島へ行き、涙の別れをした、ワカハゲの
ジョンの頭とそっくりである。恐る恐る引き返して顔を覗き込むと間違いなくジョン
である。ひと目で二日酔いだと分かった。「HeyAre you still alive?」(ねえ、生
きてる?)と声をかけてみたが反応がない。何だか起こすのもかわいそうなので、
持っていたオレンジと共にジョンが一緒に旅行を続けているはずの3人に宛ててメモ
を残した。
トムとタイガーがシドニーに旅立つ日がやってきた。2人は私が話したシドニーにあ
る「カラオケボックス」に行くのを楽しみにしてるんだっと笑ってくれた。彼らは2
月にカナダに上陸するそうである。スキーもボードも未経験の彼ら、何が目的で冬の
カナダに行くのか全く不明であるが、もし私がその時カナダにいれば、そこで再会す
ることを約束した。旅立ちの時。ティムを最後のハグ(抱擁)をした瞬間、彼ふとつ
ぶやいた。「俺らって、サンシャインコーストのヌーサーで会ったっけ?」「はぁ
?」・・・・。3人の記憶の糸を手繰り寄せたところ、ヌーサーのホステルで私がイ
ンターネットをしている際に彼らがチェックイン、「Hi」と声を交わしたことが判
明。最後の最後になって、私のナンパ疑惑は晴れた!彼らとの別れは少し寂しかった
けれど、私のダーウィンへの旅立ちもすぐである。
手紙6−1
投稿者:
きよ
投稿日:2002年10月 9日(水)20時52分36秒
街中の大通りではアボリジニ(原住民)が昼真っから飲んだくれ、それを横目に世界
からの旅行者たちが忙しく行き来している。特にお盆時期だったせいか、日本人家族
連れの数には驚いた。きょうびの子供は家族旅行で海外へ行くのね?などと思いなが
ら街中のスーパーマーケットに立ち寄ると中の客は100%日本人であった。ケアン
ズに到着する前は、ケアンズで仕事を探してみようかな?っという気も少しはあった
が、私がこんな街で働きたいと思う訳がない。
はてさて、これからどうするか?とりあえず、ケアンズにきたからにはグレートバリ
アリーフには行かないと、と言う訳で安い日帰りダイブツアーを申し込んだ。ケアン
ズには沢山日本語の通じるダイブショップがあり、ダイビングから長らく遠ざかって
いた私、このダイビングだけに関しては安全面からも日本人インストラクターのいる
ところへ行こうと思っていたが、値段を見てバカらしくなってしまった。「日本語」
「日本人」というだけで世界共通で価格が恐ろしいほど跳ね上がるようだ。ま、どう
せ水中は日本語も英語も関係ないか、と自分に言い聞かせ、ここでも結局英語のツ
アーに参加した。ツアー当日、集合場所に行ってみると、親しみある顔の白人男の子
2人を見つけた。「こんにちは。以前にどこかであったよね?」っとフレンドリーに
話し掛けてみたが「へ?おんなじホステルに泊ってるからホステルで会っただけなん
じゃない?」とそっけなく言われてしまい、どうやら私は彼らを「ナンパ」したこと
になってしまったらしい。とにかくこのナンパの甲斐あって、イギリス人のティムと
タイガー("虎"と書かれたTシャツを着ていたのでこう名づけたのだが本名を思い出
せない)と友達になった。彼らは25歳とイギリス人旅行者としてはかなり年長で
あった。
この日、船酔いでボートの上で吐く覚悟をしていた私は何も朝食を食べずに出掛け
た。波は最悪に荒く、ショップのスタッフでさえ酔う中、私は最悪の状態であった。
胃袋は空っぽなのに体は吐こうとするため、涙を流しながらえづき続け、ただただ早
くケアンズに戻りたいと願っていた。ダイビング自体もウワサに聞いていた通り、涙
を流して感動するほどの美しさではなかった。長年に渡りダイバーに蹴られ続けてい
るケアンズのさんご礁は毎年どんどん死んで行っているそうである。料金に含まれて
いたボートの上での昼食に何も手をつけれなかったことは非常に残念だったが、ま、
それなりにグレートバリアリーフを楽しんだ一日であった。
b
オーストラリアからの手紙6
投稿者:
きよ
投稿日:2002年10月 9日(水)20時51分53秒
ご無沙汰しています。実はかなり前に丸2日かけて超大作「手紙6」を完成させ、
アップしている途中にコンピューターがフリーズ、データが全部飛んでしまって以
来、書く気をなくしていました。予想外にも今回の「手紙シリーズ」、沢山の方に読
んで頂いていて評判も良いので、今一度、書けるだけ書いてみるかぁ。
●アーリービーチからケアンズへ
アーリービーチでのクルーズを終えた後、マグネティック島へ渡った。
この島はオーストラリアでは珍しく、実際に人が住み生活している島である。ここで
自称「世界で一番にできたバックパッカーズ」に宿泊し、楽しい時を過ごした。
そして次に訪れたのがミッションビーチの「サンクチュアリ」。ミッションビーチは
とても小さな街(村?)であまり多くの旅行者はここに立ち止まらない。だが私はガ
イドブックで興味深い宿「サンクチュアリ」を見つけここに立ち寄ることに決めた。
ガイドブックには「宿への道があまりにも急なため、子供は宿泊できない。熱帯雨林
の中で壁のない部屋に泊る。普通とは違ったすばらしい経験ができる」とあった。
この宿にたどり着いたときの感想。「うわっお。」うっそうと茂る緑のジャングル、
今までに経験したことのない傾斜の坂を車で登ると、そこには大きなログハウス。吹
き抜けの広いオープンフロアの中にはハンモック、床には座布団やソファがあちこち
に置かれ、前面はガラス張りでがけ下の海を一望できる。ログハウスの中にはホーム
バー、キッチンも揃っている。この建物はこのリゾートのオフィスや談話室、キッチ
ンなどの共同施設があり、世界からの旅行者が本を読んだり昼寝をしたり、思い思い
に過ごしていた。「ハット」と呼ばれるベットルームは別にあり、森の中にある小さ
な建物、壁はなく四方が編戸のネットのようなもので囲まれており、その中には寝心
地の良いシングルベットが2つ置いてある。まさに熱帯雨林の中でキャンプフィーリ
ングを味わいながら心地よいベットで眠れるのである。昼間はとても静かな森だが、
夜になると野鳥たちがケタタマシイ声とともに走り回るので、動物がダメな人はここ
では眠れないだろう。この森の中にはオーナー手作りの大きなプールもあるし、15
分ほどガケを下れば美しい「ほぼ」プライベートビーチが広がっている。まさに「リ
ゾート」である。日本でこんな宿があれば、何万円とかかるだろう。ここは私にとっ
ては$27(約1900円)とかなり高めだったが、ずっとホステルの2段ベットに
泊ってきた私にとっては天国であった。
ミッションビーチでリゾートを味わった後、今回のバス旅行最後の目的地であるケア
ンズに向かった。もともとケアンズにはあまり期待はしていなかったが、やはり予想
通りであった。
パースです。
投稿者:
きよ
投稿日:2002年 9月 1日(日)15時15分51秒
「世界一美しい町」といわれるパースに到着いたしました。
初めて「ネットワーク」なるものをインターネットカフェで使っています。
ただ、LANを繋げばいいだけ、こんな簡単だと言う事をしらずに今まで電話回線を捜し求めていました・・・。なんておろかな。
また、みなさまからのメールお待ちしております。
手紙5−3
投稿者:
きよ
投稿日:2002年 8月29日(木)20時17分4秒
私が参加したツアーはレーシングヨットで「世界一美しい」とされるホワイトヘブン
ビーチとウィットサンデー島群(日本人にはハミルトン島が有名)を2泊3日でク
ルーズするというものであった。全てのヨット内での食事、2度のスノーケリングと
ヨットでの宿泊が含まれていた。
ホワイトヘブンビーチは本当に世界一ではないか?と思える目の覚める美しい白砂の
ビーチであった。フレーザー島で見たマッケンジーレイクにも勝る美しさであった。
そこでするスノーケリングは言うまでも無くとてもすばらしいものだった。
しかし!
クルーズ自体は最悪のものであった。小さなヨット内に21人+スタッフ2人。その
内6人がアイルランド男性(そんなに若くはない)のグループあった。いままでのと
ころ私の出会った100%のアイルランド人男性でグループで旅行をしているヤツらは
「ドランクン・イディオット」(大酒のみの大ばか者)であった。彼らはヨットに乗
るや否やビールを飲み始め、一日中のみ続けた。食事は予想外に良いものであったの
だが、ヤツらが一番に食事に飛びつき、後の人のことなど何も考えず皿にもれるだけ
の食べ物をもった。そして真夜中にヨットのステレオを最大ボリュームにし歌い、
デッキの上で朝まで踊りだした。ヨットクルーはそんなヤツらに何も言わない。2日
目の夜も朝の3時までデッキの上で騒ぎ、その後キャビンに下りてきてわめき散らし
た。そして私の気持ちを一番害したのが、英語をさほどうまく話せないフレンチカナ
ディアン女性2人に対して"Speak English!You need plactice"(英語を話せ!お前
らは練習が必要なんだ)と言ったのである。彼女たちは他の人たちと会話するときは
いつも英語を話していたが、2人で話をするときはフランス語であった。同じナショ
ナリティー同士が母国語で会話をする、ごく自然なことであり、第二外国語を持たな
い人種であるヤツには、第二外国語での会話がどれほどアンカンファタブル(居心地
の悪い)なことなのか絶対にわかることはない。アクセントの強いアイルランド人で
あるヤツに向かって「きちんとした英語を話せ。練習が必要なんだよ。」と言ってい
るのと同じ事なんだと言う事にヤツは気づいていないのである。この会話を聞いてい
た私の怒りはピークに達し、ほぼ怒鳴りかけたが真夜中の小さなヨットの中のこと、
なんとか怒りを沈め、毛布を持って一人デッキの上にあがり、寝転んだ。新鮮な空気
と美しい星。狭くるしいキャビンよりも数倍気持ちが良かった。
このヨットクルーズ、唯一の救いはカナデイアンのジャッキーと知り合ったことであ
る。バンクーバーに住み、自然とキャンプを愛する彼女とすぐ意気投合し、良い友達
になった。クルーズを終えた後、パッケージに含まれていたパーティーホステルに彼
女と共に宿泊したのだが、予想通り、そこにはキッチンと呼べるものがなかった。
キャンプ道具一式を担いで旅行していた彼女とともに、ビーチにでかけ、キャンプス
トーブで2人して夕食を作った。街の方から、バーの騒音とバンドの音が聞こえてき
た。彼女はカナダで冬でもキャンプに出掛け、雪の上にテントを張り眠るのだとい
う。「キヨがバンクーバーに戻ってきたときには、温泉の近くで雪中キャンプしよ
う。ウィスラーの近くだからその後スノーボードにも行けるわよ。」私にはマリッサ
というカナディアンの親友がいるのだが、何も知らなかった私は、旅行の仕方や自然
と遊ぶことを彼女から学んだ。湖で泳ぎ、マウンテンバイクに行きバックカントリー
スキーをし。働きながらもいかに生活を楽しみ遊ぶかを彼女から学んだ。そして彼女
は私に「カナダ」を見せてくれた。私には彼女がマリッサだからそれができるのか、
それともカナディアンだからそれができるのかが分からなかった。オーストラリアに
来てはっきりわかったこと。どれほど自分がカナダが好きであるか。それは今回の旅
の一つの目的でもあった。カナダしか海外を知らなかった私、カナダに移り住む決心
をする前に、他の国も見てみたかった。それが分かっただけでも今回オーストラリア
へ来たことに大きな意味があったなと思える。
以上は、新着順41番目から50番目までの記事です。
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