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大分の聖歌隊より

 投稿者:大分教会 柳井 弘行メール  投稿日:2009年 9月30日(水)14時59分57秒
返信・引用
  「栄光の王冠」の二重唱が非常に感動的でした。 ぜひ、大分でもこの歌を食口の皆さんに紹介したいです。 歌の 譜面や、ピアノサックスの譜面など分けていただけないでしょうか? お返事いただければ幸いです。   大分教会 柳井弘行  
 

『栄光の冠』大好き

 投稿者:大田の一食口②  投稿日:2009年 9月 2日(水)15時10分38秒
返信・引用
  私はこの詩を1990年にアメリカから帰ってきた姉妹からもらいました。
手に取った瞬間、電流が走ったように手がしびれ、読んでみて体中が震えました。
それから、丸暗記して一日中一人で活動しているときに何回も暗唱して歩んだものです。
ある時本当に感謝できないときに、あえて深々と90度以上のおじぎをして人と別れた時に、本当に心臓がギュッと握られたように締めつけられて本当に倒れそうなくらい痛くなって、お父様のご路程を追体験させてもらったことがありました。
私にとって、信仰観、人生観を本当に大転換してくれた詩です。
口語訳のようで、正確な訳とはちょっとニュアンスが違うかなと思うとこもありますが、ほぼ20年前から触れていたというのもあり、私はこちらの方がリアルにお父様の心情が伝わってくるような気がして好きです。
 

『栄光の冠』(日本語訳別バージョン)

 投稿者:カワイ  投稿日:2009年 8月21日(金)17時58分27秒
返信・引用
  出典はわかりませんが
日本語訳には別バージョンがあるようです。

『栄光の冠』

人を疑う時、悲しい
人を裁く時、耐え難い
人を憎む時、もはや我が存在の価値も無い

しかし、信じてだまされ
愛して裏切られ、頭をかかえて苦しみ嘆く
今宵の私はまちがっているのだろうか

そうだ、まちがっているのだよ
だまされても信じ、裏切られても許し
汝を憎むものさえ愛し尽くすのだ

だますことしか知らない者を
裏切っても平気なこの者を
涙をふいてにこやかに迎えるのだよ

おお主よ!愛することの苦しさ

私の掌をごらん
私の胸ははりさけてもだえつつ
このそむける者を愛した時から
私の勝利はあったのだ

もし、おまえにもそれができたなら
この栄光の冠を与えよう。

☆。.*・'☆。.*・'☆。.*・'☆。.*・'☆。.*・'
もとは、韓国語で、それが英文になって残っているのだそう
ですが、原文は残ってないらしいです。
☆。.*・'☆。.*・'☆。.*・'☆。.*・'☆。.*・'

引用元:
神さまとわたしの ~FOOTPRINTS~
http://blogs.yahoo.co.jp/fm_esther/26561076.html

http://blog.livedoor.jp/kawaiadachi/

 

Re: 日本語訳について

 投稿者:ucadachi  投稿日:2009年 8月18日(火)13時58分10秒
返信・引用
  > No.4[元記事へ]

シルバーラインさん、ありがとうございます。
より正確な日本語訳を掲載していただいたのは、とてもありがたく、理解を深める手助けになりました。個人的にもとても想いいれのある詩です。ぜひこれからもご指導お願いいたします。
 

日本語訳について

 投稿者:シルバーライン  投稿日:2009年 8月18日(火)11時12分11秒
返信・引用
  韓国にある真のご父母様生涯展示館に、
文亨進世界会長がこの詩を朗読されているコーナーがあるのを
知っている方も多いと思いますが、

こちらで朗読されている日本語訳は、以下の内容です。

私が人を疑うとき、私は苦痛を感じます。
私が人を審判するとき、私は耐えることができません。
私が人を憎悪するとき、私は存在の価値をなくします。
しかし、もし私が信じれば、私はだまされます。
もし、私が愛すれば、私は裏切りにあいます。
今宵、手の中に沈む私の頭は、苦悩と悲しみに震えています。
私が間違っているのですか。
そうです。私が間違っているのです。
たとえ、だまされたとしても、なおまた、信じなければなりません。
たとえ、裏切りにあったとしても、なおまた、許さなければなりません。
あなたを憎悪する者にも、完全な愛を与えねばなりません。
涙をぬぐい、微笑みで迎えねばなりません。
だますことしか知らない者らを、裏切って悔いることもない者らを。
おお、主よ。愛するという痛みを。
私のこの手を見てください。
この私の胸に、主の手を置いてみて下さい。
私の胸は、そんな苦痛の中で破裂しそうです。
しかし、逆らう者を私が愛した時、私は勝利を手にしたのです。
もし、あなたも私のように愛するならば、
私はあなたに栄光の冕旒(べんりゅう)冠を捧げましょう。

ちなみに、「冕旒(べんりゅう)冠」とは、
キリストのみが戴冠することのできる冠らしいです。
王の王の冠ということでしょうか。

以上、参考にしていただければと思います。
 

(無題)

 投稿者:KAZU  投稿日:2009年 8月17日(月)21時27分38秒
返信・引用
  現在90歳の文先生は、16歳のときに、神様とイエス様と世界の人々の苦悩を思い、その解放のために自分の人生を捧げる決意をされました。そして、その想いを70年以上も変わらず持ち続け、今も焦るような想いで、日々闘っておられるのです。

以下、松西寿三さんのブログ記事から引用させていただきます。

◆2009年6月1日、「平和を愛する世界人として」自叙伝出版記念会の席上、文師は話された。わたしは7人の子女を犠牲にした生涯であったと涙を込めて叫ばれたのである。

◆神の祖国・地球を守る人物・文鮮明師。ご自分と家族を犠牲にされた生涯。睡眠時間2時間の人生を歩まれて家庭を顧みることができないような生涯。神の実在を否定する共産主義との戦いに先頭に立たれた生涯。

◆いのちをも殺されるような獄中に6度も投獄された。敵の中の敵の共産主義のソ連のゴルバチョフ大統領と会談された。クーデターの時は、彼の生命をも救出。その後、地獄の興南収容所に文師を拘束した敵・北朝鮮の金日成主席と会談されて主席より信頼を勝ち取られた文師。

◆敵をも愛し抜かれた真の愛を実践された御生涯でありました。
 

栄光の王冠

 投稿者:KEN  投稿日:2009年 8月17日(月)20時59分2秒
返信・引用
  仕事で限界まで苦労して、それでも前を向いて、お客さんのためにがんばっていたとき、初めてこの「栄光の王冠」の詩の意味がわかったような気がします。裏切られても、みじめな立場にたっても、それでも、人の事情と気持ちを思いやり、愛していこう、という主体的な姿勢は、これからも大切にしたいと思います。

http://ameblo.jp/ucblogger/

 

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